第49話 虚構の街
北方への旅は、三日目の朝を迎えた。
白い雪原の中、二人の足跡だけが一直線に続く。
空は灰色。風は冷たい。
だがその向こうには、確かに光が見えていた。
「……もう少しで着くはずよ」
リラが地図を確認しながら言う。
「地図に載ってない場所に“着く”って、矛盾してるよな」
カイは笑いながらも、胸の鈴を握りしめる。
鈴は歩くたびに小さく鳴り、
その音が、薄靄の向こうに響いていた。
◇ ◇ ◇
昼を過ぎたころ。
雪原の先に、街が見えた。
だが、それはどこか奇妙だった。
建物は確かにある。
けれど、輪郭が曖昧で、
まるで霧の中に“想像上の街”が浮かんでいるようだった。
「……あれが、“虚構の街”?」
「たぶん」
二人が一歩、街の境界を踏み越えた瞬間――
風景が変わった。
◇ ◇ ◇
目の前に広がっていたのは、
かつての王都リュミエールとカルマを融合したような光景。
広場、塔、祈りの鐘楼、そして廃墟。
人々の幻がそこを歩いている。
彼らは声を交わし、笑い、祈り、そして――消えていく。
「……これ、記憶なの?」
リラが息を呑む。
カイは頷く。
「勇者が見た世界。
この街そのものが、“彼の記憶”でできてるんだ」
◇ ◇ ◇
二人は中央広場にたどり着く。
そこには舞台のような円形の遺構があった。
床には、かつての双環の紋章。
だが中央はひび割れ、そこから微かな光が漏れていた。
カイが手を伸ばす。
指先が光に触れた瞬間――
声が響いた。
『ようこそ、観客席へ。
ここは“物語の残響”だ。』
◇ ◇ ◇
周囲の幻が動き出す。
空気が揺れ、無数の“過去の場面”が浮かび上がる。
勇者が魔王を語る夜。
仲間たちと笑い合う旅路。
王都の炎。
そして――紫の夜明け。
リラが呟く。
「これ……勇者の記憶全部……?」
カイは光を見上げ、拳を握る。
「違う。
これは、“勇者という概念”の記録だ。
だから、俺たちにも見せてる。
勇者がどんな風に“自分を作ったか”を」
◇ ◇ ◇
幻の中に、一人の影が現れた。
紫の勇者。
「……来てくれたんだね」
彼の声は穏やかで、遠い。
カイは一歩踏み出した。
「あなたが……勇者、なんですね」
「昔はそう呼ばれてた。
今はもう、ただの“記憶”さ」
勇者は舞台の中央に立ち、手をかざした。
「ここは、僕の心が残した最後の舞台。
君たちが来たのは、偶然じゃない。
“物語”がまた君たちを選んだんだ」
◇ ◇ ◇
リラが震える声で問う。
「あなたは……まだ、この世界を見ているんですか?」
勇者は微笑んだ。
「見ているとも。
でも、もう導くことはしない。
僕が語る物語は終わった。
これから語るのは――君たちだ」
そして、勇者は胸の奥から光の欠片を取り出した。
「これは、“物語の核”」
その光は、ゆらめく紫。
カイの瞳の色と同じだった。
「これを、次の舞台へ持っていくといい。
この世界がまた迷ったとき、
心の光がどこにあるか、君たちが示してあげて」
◇ ◇ ◇
カイは両手で光を受け取った。
それは暖かく、そして少し痛かった。
まるで誰かの“感情”そのものを抱いているように。
勇者が微笑む。
「それが“心”さ。
痛みとともにあるから、本物なんだよ」
その言葉を最後に、勇者の姿はゆっくりと溶けていった。
光の粒となって、舞台の天井へ昇っていく。
「ありがとう……!」
リラが泣きながら叫んだ。
そして、光は静かに消えた。
◇ ◇ ◇
二人だけが残された。
広場の風が止み、鈴が小さく鳴る。
カイは胸の中の光を見つめ、
深く息を吸った。
「……受け取ったよ。
あんたの“心の色”を」
リラが微笑む。
「じゃあ、次は……私たちの番ね」
カイは頷く。
「うん。
――新しい物語を始めよう」
◇ ◇ ◇
【虚空】
紫の光が再び灯る。
遠い観客席で、勇者は目を細める。
「見事だよ、カイ。
君たちはもう、立派な“語り手”だ」
そして、彼は微笑んで消えた。
その光は再び世界へと散り、
“紫の時代”の新しいページを照らした。




