第48話 舞台跡への旅立ち
夜明けの図書塔。
最上階の窓から、紫の光がゆっくりと差し込んでいた。
カイは机の上の古書――『勇者の手記』を見つめていた。
昨日までただの伝説だったそれは、
今では明確な“道標”になっている。
ページの端に、淡く光る文字が浮かんでいた。
――記憶の舞台は北方に眠る。
そこに“物語の核”が封じられている。
願うならば、再び舞台の灯を点けよ。
カイは拳を握る。
「北方……“記憶の舞台”か。
まるで、俺たちを導いてるみたいだ」
リラが頷く。
「勇者の“残響”が言ってたでしょ?
舞台を動かすのは、私たちの心だって」
◇ ◇ ◇
【共和国中央広場】
出発の朝、広場には人々が集まっていた。
アマリアの弟子である青年神官たち、
ミディアの後輩の魔導士たち、
そして――年老いたジークの姿もあった。
「……お前ら、本気で行くのか」
ジークは苦笑した。
カイは頷く。
「はい。勇者の残した手記を、このまま眠らせるのはもったいない。
あの人が見つけた“心の色”が、まだ何かを語ろうとしてる気がするんです」
ジークは短く息をついて笑った。
「若ぇな。……だが、悪くねぇ。
お前みたいな奴がいる限り、この世界は退屈しねぇだろうよ」
リラが彼に祈りの鈴を差し出した。
「これはアマリアさんから。
“迷ったら鳴らしなさい。紫の道は心の音で照らされる”って」
カイは受け取り、鈴を首に下げた。
◇ ◇ ◇
【北方街道】
旅の初日。
風は冷たく、空気は澄んでいた。
雪混じりの風が頬を打つ。
カイは歩きながら、手記を開いた。
ページの端が揺れ、また新しい文字が浮かぶ。
――道の途中、君は“虚構の街”を見るだろう。
それは過去と未来が交錯する場所。
そこに、僕の“声”が眠っている。
「虚構の街……?」
リラが眉をひそめた。
「地図にはそんな場所、載ってないよ」
「だから行くんだよ。地図にない場所ほど、物語は面白い」
カイは笑い、先を見据えた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。
野営地の焚き火が小さく揺れている。
二人は火を囲みながら、黙って手記を見つめていた。
リラがふと呟く。
「ねえ、カイ。
もし本当に勇者の“舞台”が残っていたら……どうするの?」
「どうするって?」
「……また、戦うことになるの?」
カイは少し考えて、火を見つめた。
「戦うかどうかはわからない。
でも――確かめたいんだ。
“勇者”って言葉が、誰かの犠牲の上に成り立つものなのか、
それとも、本当に“心”で続いていくものなのか」
リラは微笑む。
「……やっぱり、あなたって少し勇者に似てる」
「やめてくれよ。あんな伝説の人と比べるな」
「ふふ。でも、そう言うところが似てるの」
◇ ◇ ◇
夜。
焚き火が消えかけたとき、風が一瞬だけ止まった。
静寂の中、遠くの空に淡い光が走る。
紫の残光――。
二人は同時に顔を上げた。
「今の……見た?」
「ああ。まるで、誰かが呼んでるみたいだった」
その瞬間、カイの胸の鈴が小さく鳴った。
チリ……チリ……
手記のページが勝手に開く。
新たな文字が刻まれていく。
――よく来たね、物語の継承者たち。
舞台は、再び幕を上げる。
◇ ◇ ◇
風が吹いた。
紫の光が二人の周囲に舞い上がり、
遠く、北の空の果て――雪原の彼方へ伸びていく道を照らした。
リラが息を呑む。
「……あれが、“記憶の舞台”?」
「たぶん、そうだ」
カイは剣の柄を握り、
リラに向かって微笑んだ。
「行こう。
あの人が残した“物語の続きを”見に」
◇ ◇ ◇
【虚空】
勇者は微かに目を開けた。
遠い紫の空を見上げながら、
誰にも聞こえぬ声で呟く。
「そう……それでいい。
僕の物語は、君たちの一歩で続いていく」
そして、その姿は光に溶け、
再び観客席の向こう――“次の舞台”へと消えていった。




