表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/67

第47話 遺された書

それは、紫の時代が始まってから十年後のことだった。


世界は穏やかだった。

争いは消え、人々はそれぞれの夢を追い、

魔法と科学、信仰と理性が同じ机に並ぶ時代。


“勇者”という言葉は、もう伝説の一節として語られていた。

けれど、その名が完全に忘れられることはなかった。


なぜなら、誰もが心の奥で知っていた。

この世界をここまで導いた“誰か”がいたことを。


◇ ◇ ◇


【リュミエール=カルマ共和国:中央図書塔】


「ねぇリラ、この棚って何百年分あるの?」


高い脚立の上から声をかけたのは、少年カイ。

短い黒髪に紫の瞳――

この時代では珍しくなった“混色の瞳”を持つ青年だった。


下で本を受け取っていた少女リラが笑う。

「百年も経ってないわ。

 でも、積もり積もった“物語”の重みはそれくらいあるかもね」


カイは棚から一冊の古びた本を引き抜いた。

表紙には、二重の環の刻印。

その中央に、小さく文字が刻まれていた。


『勇者の手記』


◇ ◇ ◇


二人は埃を払い、静かな一室に移動した。

ランプの光が本のページを照らす。

カイが声を潜める。


「……伝説の“紫の勇者”の記録、か」

「そんな本、存在するなんて信じられないわ」


ページを開くと、筆跡は途切れ途切れで、

それでも確かに“誰かの言葉”が刻まれていた。


――物語は終わらない。

 それを語り継ぐ限り、勇者は死なない。

 この世界が再び迷う時、

 心を持つ者が、新たな舞台の幕を開けるだろう。


カイは読み上げた後、リラを見つめた。

「……なあ、これって預言じゃないか?」

「かもね。でも、“心を持つ者”って、誰のこと?」


◇ ◇ ◇


その瞬間、ランプが揺れた。

風はない。

だが、ページの隙間から微かな光が溢れた。


カイが慌てて本を閉じようとした瞬間――

光が形を取り始めた。


紫の残光が空中で渦を巻き、

ぼんやりとした人影が浮かび上がる。


「……誰?」

リラが一歩退く。


影は静かに笑った。

「驚かせたね。僕はただの“残響”だよ」


その声は、どこか優しく、懐かしかった。


◇ ◇ ◇


「まさか……勇者、なの?」

リラが呟くと、影は小さく頷いた。


「そう呼ばれていたこともあったね。

 でも、今の僕はただの“物語の一部”さ。

 君たちがこの本を開いたことで、

 また舞台が少しだけ動いたんだ」


カイは息をのむ。

「……舞台?」

「そう。

 僕が去ったあとも、世界は物語を続けてる。

 でもね――物語には“語り手”が必要なんだ」


勇者の影は、カイの胸に手をかざした。

そこに紫の光が灯る。


「君の瞳の色、珍しいね。

 その紫は、昔の僕と同じ“心の色”だ」


◇ ◇ ◇


光が広がる。

古い書庫の壁一面に、無数の文字が浮かび上がる。

それは――世界の裏に刻まれた“物語の設計図”。


リラが震える声で言った。

「これ、全部……世界の記録……?」


勇者の影は穏やかに微笑んだ。

「違うよ。

 これは“次の物語”の脚本だ」


カイは拳を握った。

「次の……勇者の物語?」


影は頷いた。

「うん。でも今回は、君たちが書くんだ。

 僕はもう観客席にいる。

 ――舞台を動かすのは、君たちの心だよ」


◇ ◇ ◇


光が消える。

本は静かに閉じ、

再びただの古書へと戻った。


しばらくの沈黙の後、リラが笑った。

「……やっぱり、あなた、ただの本好きじゃなかったのね」


カイは照れくさそうに笑う。

「本を読むだけじゃ足りない。

 今度は、俺たちが書く番だ」


彼は窓の外を見た。

紫の空が、ゆっくりと明るんでいく。


「――さあ、幕を開けよう。

 “第二の紫の時代”の物語を」


◇ ◇ ◇


【虚空】


遠くの彼方、かつての勇者はその光景を見ていた。

微笑を浮かべ、静かに呟く。


「……いいね。

 ようやく観客が、物語の続きを書き始めた」


紫の羽がひとつ、彼の手から零れ落ちる。

それは新しい世界へと舞い降り、

新しい“勇者”の心へ届いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ