第46話 紫の時代のはじまり
夜明け――。
世界は静かに呼吸を取り戻していた。
空はかつての青でも、紅でも、白でもない。
光と影が溶け合う、淡い紫。
まるで夜と朝が永遠に混ざり合ったような、
柔らかな輝きだった。
風が吹く。
草が揺れる。
鳥が鳴く。
たったそれだけの音が、こんなにも美しいと、
誰が思っただろう。
◇ ◇ ◇
【リュミエール=カルマ共和国】
アマリアは広場に立っていた。
破壊された議事堂の跡地に、
新しい塔の建設が始まっている。
その塔の頂には、二つの環が絡み合った紋章――
青と紅、そして中心で輝く白ではなく、紫の印が刻まれていた。
「これが、新しい時代の旗印よ」
隣でミディアが頷く。
「“紫の時代”ね。
矛盾も、後悔も、全部受け入れた上で生きる……。
ま、悪くない響きだわ」
アマリアは微笑んだ。
「完璧じゃなくていい。
むしろ、その“不完全さ”こそが、
この世界を生きる意味だから」
◇ ◇ ◇
ジークは郊外の丘に立っていた。
新しく芽吹いた草原の向こうに、かつての戦場が広がる。
焦土だった大地は、もう黒くない。
紫の花々が一面に咲き、風に揺れていた。
「……ようやく、休めるか」
彼は折れた剣を地に突き刺し、
そのまま地面に腰を下ろした。
ふと足元に、小さな子供が走ってきた。
あの時の少年だ。
ジークは微笑む。
「おじさん、また戦うの?」
「もう戦わねぇさ」
「じゃあ……今度は何するの?」
ジークは空を見上げた。
「守る。
泣ける奴を、笑えるように守るんだ」
◇ ◇ ◇
ミディアは塔の屋上で、空を観測していた。
魔力の流れが再び動き出している。
けれど、それは以前のような“制御された法則”ではなかった。
もっと、感情に近い。
「……心が、世界を動かしてる」
ミディアは微笑み、筆を走らせる。
新しい魔法理論の名を記した。
《マギア・アニマ》
――魂が世界を紡ぐ
「勇者ちゃん、あなたがくれた“紫の理”……
今度は私たちが、物語を続ける番よ」
◇ ◇ ◇
【紫の空の下】
アマリアが新しい鐘楼を完成させたその日、
町中の人々が集まった。
祈りのためではなく、
祝いと再生のために。
鐘が鳴る。
チリ……チリ……と鈴の音が重なり、
笑い声と歌声が世界に響く。
その音は、どこか懐かしい――。
まるで、あの勇者がまだ見ているかのように。
◇ ◇ ◇
【虚空】
僕は、その音を聞いていた。
もう舞台の幕は閉じ、
観客も演者も、皆が“現実”に戻った。
けれど、舞台の残響だけが、
こうして心の奥に生き続けている。
「……やっぱり、僕は間違ってなかった」
僕は紫の空を見上げる。
その光は、もう僕のものではない。
人々が、自分で灯した“心の色”だ。
「おめでとう、みんな。
君たちはもう、自分の物語を生きている」
そして、僕は静かに背を向ける。
舞台の奥――“誰も見たことのない世界”へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
【地上】
夜の帳が降り始める。
人々はそれを恐れない。
闇の中でこそ、光が美しいと知っているから。
アマリアが空を見上げて囁く。
「――ありがとう、勇者さま」
その声に応えるように、
空の彼方で、一瞬だけ紫の閃光が走った。
まるで、“観客席の神様”が拍手を送っているように。




