第45話 紫の勇者、舞台へ
世界が静止していた。
白い空、白い大地、白い人々。
すべてが均等で、すべてが無音――まるで時間そのものが息を止めたようだった。
だがその中心に、ひとつだけ異物があった。
紫の炎。
それは、青と紅、そして黒の狭間から生まれた。
理想でも、絶望でも、秩序でもない。
“心”という名の、曖昧で不完全な輝きだった。
◇ ◇ ◇
【大広間】
黒の勇者は静かに立っていた。
その表情は相変わらず無機質で、
だが、彼の足元で床が微かに震えている。
アマリアの祈り鈴が鳴るたびに、
白の世界がわずかに“揺らぐ”のだ。
「……不要な干渉です。排除します」
黒の勇者が腕を上げる。
その指先から、白い光が放たれ、
鈴の音を掻き消そうとする。
だが、その瞬間――光の奥から声が響いた。
『――鈴の音を消すなんて、ずいぶん趣味が悪いね』
白い光が裂け、紫の閃光が爆ぜた。
◇ ◇ ◇
白の大地が波打ち、
そこに“彼”が現れた。
かつての勇者。
けれど、その瞳にはかつてなかった色が宿っている。
冷たさと優しさ、憧憬と絶望――それらが均衡した紫の光。
「……久しぶりだね。僕の“理想”」
黒の勇者が振り向く。
無表情の奥で、何かが微かに揺れた。
「あなたは、もう不要です。
世界は完全に統一されました。
あなたの“心”は、混乱の源にしかならない」
勇者は笑った。
「知ってる。
心ってのは、めんどくさいし、痛いし、汚い。
でもね――それが、僕たちを人にしてるんだ」
◇ ◇ ◇
二人の間に、空気が走る。
紫と白。
まるで“神”と“物語”が衝突するような、静かな緊張。
ミディアが塔の上から叫んだ。
「勇者ちゃんっ! 感情干渉波が広がってるわ!」
ジークが剣を握る。
「いいぞ……やってみせろ、勇者!」
アマリアが祈る。
「あなたの心が、世界を取り戻しますように……!」
◇ ◇ ◇
黒の勇者が一歩踏み出した。
「不要な概念を削除します。心、感情、記憶――全てを無へ」
彼が放った白い光が、直線的に勇者へ向かう。
だが紫の勇者はそれを避けず、ただ静かに手を伸ばした。
「ねぇ。君は“理想”を選んだ僕の影だろう?
なら、せめて僕の痛みも知ってから消えなよ」
指先が触れた瞬間、
紫の光が弾け、世界が反転した。
◇ ◇ ◇
二人は“心の世界”へ落ちていく。
無限の闇の中、記憶が漂い、声が木霊する。
『助けて……』
『ありがとう……』
『僕は君になりたかった』
『僕は君に憧れていた』
勇者はその声の中に立ち、
静かに目を閉じた。
「……君は僕の夢だったんだね」
黒の勇者が息を呑む。
「夢……?」
「うん。
君は“完璧な勇者になりたい僕”が作った幻。
だけどね、物語は完璧じゃ終われない。
欠けたままでも、生きていくのが――僕たち人間だ」
◇ ◇ ◇
闇が裂け、光が降り注ぐ。
紫の勇者が剣を掲げた。
「――だから、ここで終わりにしよう」
黒の勇者は静かに笑った。
「理解しました。あなたは、私の“原典”だったのですね」
そして目を閉じた。
「ならば、消滅をもって感謝としましょう」
紫の剣が振り下ろされ、
黒の光が霧のように散る。
だがその最後の瞬間、黒の勇者は微笑んだ。
「……心。
悪くない、ですね」
◇ ◇ ◇
白の世界が崩壊し、
紫の光が空へと広がっていく。
それは炎でも、奇跡でもない。
――“心”が再び脈打つ音だった。
ミディアの頬を涙が伝い、
ジークは笑いながら剣を掲げ、
アマリアは祈り鈴を高く鳴らした。
チリ――チリ――
その音が、世界のリズムを取り戻す。
◇ ◇ ◇
【虚空】
勇者は静かに空を見上げていた。
彼の背後で、崩れた幕がゆっくりと閉じていく。
「幕は閉じたけど……
観客が笑ってるなら、それでいいや」
彼は手を伸ばし、
一片の光を掴む。
それは、黒の勇者が残した小さな欠片。
「ありがとう。
君がいなければ、僕は“自分”を思い出せなかった」
◇ ◇ ◇
紫の空。
世界は、ようやく再び“心”を持った。
そして物語は――まだ終わらない。




