第43話 造られた救済
夜空が裂け、黒い光が落ちた。
それは稲妻のように地を貫き、
大地の上にひとりの“人型”を残した。
風が止まり、空気が張りつめる。
人々は息を呑み、その影を見上げた。
それは、かつて彼らが待ち望んだ“勇者”の姿に、
あまりにもよく似ていた。
だが――違っていた。
瞳に光がない。
声に温度がない。
まるで、感情という概念を削り落とした人形のよう。
「……勇者?」
アマリアが呟く。
影はゆっくりと彼女に顔を向けた。
「違う。僕は勇者ではない。
“勇者という理想”を形にした存在だ」
◇ ◇ ◇
その言葉に、人々は戸惑いながらも拍手を送った。
戦争もなく、災厄もないこの世界で、
“救済”という言葉だけが今も特別な響きを持っていた。
「救世主が帰ってきた!」
「勇者が蘇った!」
群衆の歓声。
けれど、その中心で立つ影は――笑わなかった。
「……彼らの声は、命令だ。
僕はただ、願いの形に従うだけ」
その声は、どこか機械的で、
まるで他人の台詞を読み上げているようだった。
◇ ◇ ◇
【議会棟:夜】
ミディアは窓から外を見下ろしていた。
黒い光が都市を包み、
人々が跪く光景を目の当たりにして、
彼女は震えるように呟く。
「……もう一度、始まったのね。
“勇者崇拝”という劇が」
隣で書類を抱えたジークが苦々しく言う。
「だが、あれは本物じゃねぇ。
剣の握り方ひとつでわかる。
あいつには、“痛み”がねぇんだ」
「ええ、魂がない。
でも、民は“痛みのない救世主”を望んでいるの」
ジークは黙り込んだ。
人々が望むのは、血を流さない勝利。
悲しみのない救済。
だが、そんな物語が現実で続くはずもない。
◇ ◇ ◇
【虚空】
僕は黒い光の誕生を見ていた。
その中にある力の構造は、
まるで僕自身の“書き写し”だった。
「……あれは僕の模造品か」
指先に走る違和感。
まるで自分の物語の“複製”が、勝手に動いているようだった。
「人々が、祈りの代わりに“再現”を選んだのか」
僕は呟く。
「でも――理想を再現しただけの勇者なんて、
最初から勇者じゃない」
◇ ◇ ◇
【街の広場】
黒の勇者は、人々の前に立っていた。
その周囲を、民衆と兵、聖職者が取り囲む。
「あなたが新しい守護者なのですね!」
「どうか、再びこの国を導いてください!」
彼は無表情のまま頷く。
「求められる限り、僕は応える」
そう言って、彼は空に手をかざした。
黒い光が渦を巻き、雲が裂ける。
青と紅の残滓が吸い込まれ、
夜空が“白”へと塗り替わった。
「……これは……?」
アマリアが思わず息を呑む。
「不要な感情を消去します」
黒の勇者が淡々と告げた。
「争いも、悲しみも、愛も。
人が苦しまぬように」
その瞬間――世界が静止した。
鳥が止まり、風が止まり、
人々の表情から“心”が抜け落ちていく。
◇ ◇ ◇
「やめろ……!」
ジークが叫ぶ。
彼は広場へ走り出し、剣を構えた。
だが黒の勇者はその姿を見て、
ただ、首を傾げた。
「あなたの痛みは、もう必要ありません」
黒い光が広がり、ジークの剣を包み込む。
鉄の音が溶け、音もなく崩れ落ちた。
ミディアが魔法陣を展開し、光を撃ち放つ。
しかし、黒の勇者はその全てを吸収し、ただ告げる。
「これが、完全な救済です」
◇ ◇ ◇
アマリアは祈り鈴を握りしめた。
その小さな音だけが、
まだ“世界のリズム”を保っていた。
「……勇者さま。
もし、どこかで見ているなら――」
彼女の祈りに呼応するように、
夜空の奥で、微かな“光”が瞬いた。
◇ ◇ ◇
【虚空】
僕はその光を見た。
アマリアの祈りが、再び舞台に響いている。
「……観客が、まだ舞台を信じてる」
僕は目を閉じた。
黒い幕の上で、もう一度“脚本”を手に取る。
「なら、もう一幕だけ演じよう。
――勇者という名の、反逆を」




