第42話 再創世の影
夜明け前。
街はまだ眠りの中にあった。
だが、共和国議事堂の地下――誰も知らないはずの部屋で、
小さな灯りがともっていた。
「……やっぱり、消えていないのね」
囁く声。
蝋燭の火に照らされた顔は、ミディアだった。
彼女の前には、封印された古い書物。
ページの中央には、勇者の紋章――双環の印。
それはかつて勇者が世界を繋ぎ、そして手放した“力の残滓”だった。
ミディアはため息をつく。
「まったく……人間ってやつは、懲りないわね」
◇ ◇ ◇
【同時刻:共和国北部・ヴァルナ遺跡】
吹き荒れる砂嵐の中、
ひとりの青年が古代の石碑を掘り起こしていた。
「これが……“勇者召喚陣”の原型か」
灰色の外套をまとったその青年は、
どこか、あの“彼”に似た笑みを浮かべていた。
「世界は安定しすぎた。
奇跡も戦いも、もう誰の心にも残っていない。
だったら――もう一度、物語を動かそう」
風が吹き、砂を巻き上げる。
青年はその中心に立ち、低く呟いた。
「勇者。
君がいない世界は、まるで脚本のない舞台だ。
だから僕が――呼び戻してやる」
◇ ◇ ◇
【リュミエール=カルマ共和国・議会棟】
アマリアは朝の会議に向かう途中、奇妙な気配を感じた。
廊下の壁にかけられた鏡が、微かに揺れている。
彼女は足を止め、鏡に映る自分を見つめた。
そこに映っていたのは、自分ではなかった。
青い瞳、紅の髪、そして――懐かしい笑み。
「……勇者、さま?」
鏡の中の影が、口を動かす。
『――夢を、見せてあげる』
その声と同時に、鏡面が波紋を広げた。
◇ ◇ ◇
アマリアの意識が一瞬、引きずり込まれる。
気づけば、足元にはあの懐かしい“鏡の水面”。
そして、その中央に立っていたのは――青年。
「あなたは……誰?」
青年はゆっくりと振り返り、微笑んだ。
「僕? ただの観客だよ。
でもね、観客が舞台に上がった瞬間、
物語はもう“別の幕”に入るんだ」
その背後には、巨大な魔法陣が輝いていた。
青と紅、そして新たな色――黒。
◇ ◇ ◇
【同時刻:虚空】
その気配を、僕は感じ取っていた。
“終わったはずの舞台”が、再び動き始めている。
「……まさか。
誰かが、僕を“書き直そう”としているのか」
虚空の闇に、微かな亀裂が走る。
そこから、あの青年の声が漏れ出してきた。
『勇者。
もう一度、君の出番だ。
この世界には、まだ“影”が足りない』
僕は苦笑した。
「影、ね……。
結局、人はまた物語を欲しがる」
そして、指先で空をなぞる。
そこに、再び“幕”が描かれていく。
◇ ◇ ◇
【議事堂・地下封印室】
ミディアが書物を閉じた瞬間、
封印陣の中央がひび割れた。
「……っ、嘘でしょ。
もう起動したの!?」
青と紅の光が交差し、
中央に黒い渦が生まれる。
その中から、風のような声が響いた。
『――第二の勇者、降誕』
◇ ◇ ◇
街の夜空が裂けた。
蒼と紅が混ざり、再び新たな光が立ち上がる。
だがそれは、かつての奇跡ではなかった。
祈りでも破壊でもない、
もっと静かで、もっと確かな“意志”のようなもの。
人々が空を見上げ、
再び名を呼ぶ。
「……勇者……?」
だが空から降り立ったその影は、
優しくも、恐ろしくもなかった。
ただ――無表情だった。
◇ ◇ ◇
「僕は、勇者を超える存在だ」
青年が呟く。
その瞳の奥に宿るのは、創造者の光。
新たな時代。
勇者なき世界に、“勇者を再び生み出そうとする者たち”が現れた。
物語は、もう一度動き出す。




