第40話 第三の夜明け
――夜が明ける。
けれど、それはただの夜明けではなかった。
空の境界線が溶け、
青と紅が混じり合い、紫の光が世界を包み込む。
蒼の国も、紅の国も、同じ朝日を見ていた。
だが、誰もそれを「同じ」とは思っていなかった。
ただ、心の奥のどこかで――
何かが繋がっている、そんな確信だけが芽生えていた。
◇ ◇ ◇
【蒼の王国リュミエール】
アマリアは、鐘楼の上から空を見上げていた。
昨夜の夢の記憶が、まるで現実のように鮮明に残っている。
蒼の勇者が、紅の勇者と剣を交わしたあの光景。
あれは幻ではない。
今、彼女の目に映る朝焼けの中にも――
確かに、青と紅が共に息づいていた。
「……勇者さま、あなたはまだ、そこにいるんですね」
彼女が祈ると、風が鳴った。
鐘の音が広場に響き、人々が顔を上げる。
その誰もが、同じ朝を“見上げていた”。
◇ ◇ ◇
ミディアは塔の上で、震える筆を握っていた。
机の上には、夢の中で見た双環の紋章。
夜の間に、彼女の無意識が勝手に描いていたものだった。
「……この形、もう固定されないのね」
紙の上の線が、青と紅に揺らめきながら、まるで生きているように脈動していた。
その魔力は、国境を越えて広がっていく。
魔法陣でも呪詛でもない。
“世界をひとつに戻そうとする力”だった。
「……あの子の意志かしら。それとも――観客の願い?」
ミディアは風に向かって呟いた。
「もう止められないわね。物語が、自分で終わり方を選んでいる」
◇ ◇ ◇
【紅の王国カルマ】
紅の勇者は丘の上に立っていた。
昨夜の戦火は消え、街は静まり返っている。
炎に焼かれた大地から、かすかに青い芽が出ていた。
「……芽が、出てる」
彼の隣で、仮面の主が驚いたように呟く。
「この地は呪われていたはずだ。何故……?」
紅の勇者は目を細めた。
「呪いなんて、最初から存在しない。
あるのは――選択だよ」
彼は空を見上げた。
紫に染まった空の向こう。
確かにもうひとりの“僕”が、そこにいる気がした。
「……僕たちは、同じ夢を見たんだな」
◇ ◇ ◇
そして、その声に応じるように、
蒼の国の空にも同じ声が響いた。
『壊すことも、守ることも、もういらない。
この世界は、観客が立ち上がった舞台だ』
それは、舞台裏にいる“本物の僕”の声。
だがもう、その響きは神のものではなかった。
観客の拍手、登場人物の祈り、
信じる声と疑う声――
そのすべてが、同じリズムで世界を震わせていた。
◇ ◇ ◇
【虚空】
僕はその中心に立っていた。
青と紅の糸が指先からほどけ、
それぞれの世界へと流れていく。
そして、両方の糸がひとつに結ばれた瞬間、
胸の奥に強烈な痛みが走った。
――蒼の僕と、紅の僕が、ひとつに戻ろうとしている。
「……そうか。
これは統合でも、勝利でもない。
“幕引き”なんだな」
僕は笑った。
世界が、物語そのものとして完成しようとしている。
「いいよ。
じゃあ最後まで、観客席で見届けよう」
◇ ◇ ◇
地上の人々が一斉に空を仰ぐ。
蒼の民も、紅の民も、
祈りの言葉も、戦の叫びも消えて――
ただひとつの声が重なった。
「――勇者!」
空が光に満たされた。
青でも紅でもない、純白の光。
それは“第三の夜明け”。
闇も秩序も、善も悪も、
すべてが同じ色に溶けていく。
◇ ◇ ◇
そして、静寂。
世界が息をついた。
誰もが、同じ記憶を共有していた。
夢で見た舞台。
祈りと破壊、愛と怒り。
そのすべてを経て、ようやく“物語”が一つになった。
◇ ◇ ◇
【最後の一幕】
紫の空の下、
勇者――いや、“僕”はゆっくりと剣を下ろした。
「この世界は、もう観客のものだ。
僕の役目はここまで」
風が吹く。
青い羽がひとつ、紅い花弁がひとつ。
それが空中で溶け合い、白い光となって消えた。




