第4話 王都の大舞台
石畳の大路を進む馬車の中、僕は揺れるカーテンの隙間から王都を見ていた。
高く積み上げられた城壁、幾重にも並ぶ尖塔。白い石の建物が陽光を反射してまぶしく輝き、路地では商人たちが声を張り上げる。
「おお……さすがは王都」
ジークは窓から身を乗り出し、真っ直ぐな眼差しで街を見渡す。
「人も物も多いですわ。魔導学院の研究施設、見学できるかしら」
ミディアは目を輝かせて魔法書を抱きしめる。
アマリアは胸の前で両手を組み、静かに微笑んだ。「たくさんの人の祈りを感じます。王都全体が、大聖堂のようですね」
彼らの言葉は素直だ。まぶしさをそのまま受け入れる。
けれど僕の胸は別の鼓動を刻んでいた。
──これが大舞台だ。観客席は満員。ここでなら、僕の演出を誰かが必ず見抜く。
◇ ◇ ◇
王城へと通される。
広い謁見の間には豪奢な赤い絨毯が敷かれ、両脇に甲冑の兵士が並んでいる。天井のシャンデリアには無数の光珠が輝き、まるで昼の太陽を閉じ込めたかのようだ。
王座に座る国王は白い髭を蓄え、目の奥に歳月の影を宿していた。
「勇者よ、北の森を鎮めたと聞く。その功を称え、ここに表彰を与える」
侍従が差し出したのは金色の勲章。王国の象徴である獅子の意匠が刻まれている。
ジークが跪き、ミディアが杖を掲げ、アマリアが祈りの言葉を唱える。
僕も膝を折り、頭を垂れた。
──これが舞台。観客席は国王、廷臣、兵士、そして玉座の後ろでひそやかに見守る“誰か”だ。
「勇者よ、よくぞ国を救った」
国王の声が響く。
「お前がいる限り、王国に未来はある」
観客席からの拍手。廷臣たちの称賛の声。
けれど僕は知っている。これは祝福の台本。予定調和の拍手。
僕が欲しいのは別の台詞だ。
──「勇者よ、お前は災厄だ」そう囁く声を。
◇ ◇ ◇
式が終わると、王城の庭園で祝宴が開かれた。
テーブルには山のような料理が並び、音楽家たちが竪琴を奏で、貴族たちがワイングラスを掲げて談笑する。
「勇者殿! いやぁ若いのに立派なものだ!」
ひとりの肥えた貴族が僕の肩を叩き、笑い声を響かせた。
「娘を紹介したいくらいだ!」
僕は笑顔を作って応じる。
けれど心の中では冷めきっていた。
──そうか。僕はいま、英雄という役を演じさせられている。
でも違う。僕の欲しい役は英雄じゃない。魔王だ。
◇ ◇ ◇
そのときだった。
人波の向こうで、ひとりの青年がこちらを見ていた。
黒い外套をまとい、手にはワイングラス。けれど口をつけることなく、ただ僕をじっと見ている。
視線が合った瞬間、胸の奥で昨夜の残響が蘇る。
──役名を一つ、君に渡す。
あの観客の男と同じ、いや、別人かもしれない。
けれど同じ“匂い”がする。舞台の裏からこちらを覗き込む者の目だ。
「勇者、どうした?」とジークが振り返る。
「いや……少し、喉が渇いただけだ」
僕は笑って誤魔化しながら、グラスに口をつけた。
冷たい液体が舌を濡らす。だが視線は離さない。
──あの男が、僕を見抜いている。
◇ ◇ ◇
夜更け。祝宴が終わり、与えられた客間に戻った。
窓から見下ろすと、王都の灯火が星のように広がっている。
その光を見ながら、僕は舌の裏で囁かれた名を転がした。
「英雄でもない。救世主でもない」
呟きは夜風に溶ける。
「僕がなるのは──黒幕だ」
胸の奥で、青い火花がまたひとつ弾けた。