第39話 夢界の再会
夜が訪れるたび、世界はもう「眠り」を恐れるようになっていた。
眠れば、夢を見る。
そして夢の中では、どの国の者であろうと、同じ舞台の上に立たされる。
紅の兵士も、蒼の祈り子も、
農夫も、王も、罪人も――すべてが平等に“夢の観客”であり“登場人物”だった。
その夜もまた、夢は始まった。
◇ ◇ ◇
最初に目を開いたのはアマリアだった。
彼女は見知らぬ場所に立っていた。
足元は鏡のような水面、天は黒く、星々が逆さに浮かんでいる。
空も地もなく、ただ、永遠に続く幻想の世界。
「……ここは、夢の中……」
声が、背後から聞こえた。
懐かしい声。
「よく来たね、アマリア」
振り返ると、そこに“彼”がいた。
青でも紅でもない。
両方の色を纏い、穏やかに笑う“本当の勇者”。
◇ ◇ ◇
アマリアは震える声で呼んだ。
「……勇者さま……!」
駆け寄ろうとした瞬間、
水面が割れ、無数の影が立ち上がった。
青と紅の兵、聖女、魔導師、民――
それぞれが互いの姿を見て息を呑む。
ミディアが呟く。
「……現実が混ざってる。夢の構造が崩壊してるのね」
ジークは剣を抜いた。
「じゃあ、こいつら全員……本物の“別世界の俺たち”か?」
◇ ◇ ◇
紅の国からも、勇者が現れた。
紅の勇者――燃えるような瞳を持ち、
その背には仮面の主が影のように寄り添っている。
紅の勇者は無言で、蒼の勇者の方へ歩き出した。
アマリアが立ちはだかる。
「もうやめてください! あなたは同じ人なんです!」
紅の勇者は一瞬、微笑んだ。
「同じ……? 違うよ。
僕は、“壊さなきゃ救えない”方の僕だ」
その目に宿る炎が、青い世界の空気を焼く。
◇ ◇ ◇
蒼の勇者が静かに歩み出る。
「なら、僕は“守りたい”方の僕だ。
でもね……壊すことを否定する気もない」
紅の勇者が笑う。
「結局、どっちも僕だ。
片方は神を救い、片方は神を殺す。
――つまり、どちらも舞台の演目なんだろ?」
二人の言葉が重なった瞬間、
虚空の空がひび割れた。
◇ ◇ ◇
【虚空】
僕はその上空で、二人を見下ろしていた。
青と紅の勇者、そして集う観客たち。
物語はすでに、僕の手を離れている。
「……いいね。
もはや脚本は不要だ。
登場人物が、自分の台詞を語り始めた」
けれど、その笑みの奥で――微かな“痛み”が走った。
僕の胸に、青と紅、両方の光が宿っている。
二人の勇者が動くたび、それぞれの感情が僕の中で揺れる。
救いと破壊。
慈愛と憎悪。
それはもはや、区別のない“同一の衝動”だった。
◇ ◇ ◇
再び夢の舞台。
二人の勇者が剣を交えた。
青と紅の光が激しくぶつかり合い、
観客たちは誰もがその輝きに息を呑む。
火花が散り、青の波紋と紅の稲妻が混じり合う。
まるでこの世界が、どちらの色を選ぶか迷っているようだった。
「……やめて……!」
アマリアが叫ぶ。
「あなたたちは、どちらも間違ってなんかいない!」
その声が、光の中に響いた。
紅の勇者が息を呑む。
蒼の勇者が微笑む。
そして同時に――二人が剣を下ろした。
◇ ◇ ◇
静寂。
波のように揺れる光。
紅の勇者が囁く。
「……僕たちは、同じ台詞を言うためにここへ来たんだな」
蒼の勇者が頷く。
「うん。
“本当の勇者”は、舞台の上にも裏にもいない」
二人は同時に、空を見上げた。
そこにいる“もう一人”――舞台の裏の僕へ向けて。
「おい、観客席の神様。
この舞台、そろそろ幕を下ろす時だ」
◇ ◇ ◇
僕は虚空で目を閉じた。
二つの世界が重なり、夢と現実が一つになる。
そして――“第三の夜明け”が、ゆっくりと訪れようとしていた。




