第38話 夢を渡る声
――それは夢だった。
だが、誰もが同じ夢を見た。
蒼の国の子供も、紅の国の兵士も、
そして瓦礫の中で眠る老人さえも。
夢の中で、彼らは見た。
青と紅が混ざり合う空。
そこに立つ“誰か”の影。
それは確かに勇者だった。
けれど、誰の記憶にもその顔は映らなかった。
◇ ◇ ◇
【蒼の王国リュミエール】
アマリアは、夜明けに汗をかいて目を覚ました。
祈りの間の窓が開き、冷たい風が頬を撫でる。
「……夢、だったの?」
枕元の祈り鈴が、ひとりでに揺れて鳴った。
チリ、チリ――と優しく響く音。
まるで“誰か”が呼んでいるようだった。
彼女は胸に手を当てる。
「勇者さま……あなたですよね?」
窓の外には、まだ暗い空。
けれど、雲の切れ間に――
青と紅が混じった奇妙な光が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
ミディアもまた、同じ夢を見ていた。
彼女は研究塔の上で、書きかけの魔法陣に視線を落とす。
「……この線、誰が描いたの?」
床の上には、昨夜なかった紋章が刻まれていた。
円環が二重に重なり、中心には“眼”のような模様。
「……観ている?」
その瞬間、彼女の視界が反転した。
紅い空が映る。
燃える都、泣き叫ぶ人々――
そして、炎の玉座に座る“彼”の姿。
ミディアの喉が凍りつく。
「……紅の勇者……?」
◇ ◇ ◇
【紅の王国カルマ】
紅の勇者は玉座の上で瞼を閉じていた。
その表情は穏やかで、まるで眠っているよう。
だが彼の意識は、別の場所にあった。
夢の中。
青い大聖堂。
祈りを捧げるアマリアの姿。
「……君は、まだ祈っているのか」
彼は小さく呟いた。
「そんな光じゃ、この世界は救えない」
けれど、アマリアは夢の中で微笑んだ。
「でも、壊すだけじゃ誰も救えません。
あなたも、本当は知っているでしょう?」
紅の勇者はその言葉に眉を寄せた。
「……僕に説教するなんて、君らしくないね」
そして、静かに笑った。
◇ ◇ ◇
その瞬間、紅の勇者の背後に影が立った。
虚空の僕――“舞台裏”の存在。
「……面白いね。
夢の中で、別の舞台の登場人物が干渉してきた」
紅の勇者は問う。
「お前が仕組んだのか?」
僕は肩をすくめた。
「舞台ってのは、観客が勝手に想像して完成させるものさ。
夢というのは、“観客席の窓”なんだよ」
紅の勇者は目を閉じる。
「……つまり、民が舞台を繋げ始めたってことか」
「そう。
二つの世界を分けたのは僕だけど、
もう僕の手を離れた。
人々が、勝手に“ひとつの物語”を思い出し始めている」
◇ ◇ ◇
【蒼の国】
アマリアは夢から覚めた後も、祈りを止めなかった。
「勇者さま……あなたがどんな世界にいても、
どうか、忘れないでください。
私たちは――あなたを見ています」
彼女の声が大聖堂に響く。
光が天井のステンドグラスを通り、
青と紅が重なって虹のように広がった。
その光景を、ミディアは塔の上から見ていた。
「……これは、もう“魔法”の領域じゃない。
信仰そのものが、現実を形にしている」
◇ ◇ ◇
【紅の国】
同じ光が、遠く離れた紅の街にも差し込んだ。
処刑場の跡地で、民たちが空を見上げる。
「……光が……青い?」
紅の勇者は、その空を見つめていた。
「誰かが――僕の物語を、変えようとしている」
◇ ◇ ◇
【虚空】
僕は舞台裏から両方の光景を見ていた。
人々が夢を共有し、
登場人物たちが互いの世界を“思い出す”。
「……いい流れだ」
僕は笑う。
「夢という劇場に、観客が集まってきた」
そして指先をひとつ鳴らす。
世界のあちこちで、再び同じ声が響いた。
『――この夢が、現実を変える』




