第37話 共鳴する奇跡
――同じ時刻、異なる世界。
青の空は静かに光を降らせ、
紅の空は炎のように燃え盛っていた。
ふたつの国は互いの存在を知らない。
だが、どちらの空にも、同じ“名”が響いていた。
勇者。
それは祈りでもあり、呪いでもあった。
◇ ◇ ◇
【蒼の王国リュミエール】
アマリアは神殿の階段で、倒れた兵士たちに手をかざしていた。
青い光が彼女の掌からあふれ、傷がゆっくりと癒えていく。
まるで光そのものが命の形を思い出していくようだった。
「……奇跡、だ」
見守る兵士の一人が、涙を流す。
「蒼の勇者が……この国を守っておられる!」
アマリアは祈りを止めずに微笑んだ。
「ええ……この光は、勇者さまの心。
誰かを救いたいという“願い”が形になったのです」
空を見上げると、遠くの雲の上に、
青い影がゆっくりと歩いていた。
まるで空を渡る演者のように、静かで美しかった。
◇ ◇ ◇
ジークはその光景を見上げながら、
胸の奥に、得体の知れない違和感を覚えていた。
「……おかしい。
この光、温かいはずなのに……心のどこかが冷える」
彼は剣の柄を握る。
自分の影が、微かに震えていた。
そこに、紅の色が混じっている。
◇ ◇ ◇
【紅の王国カルマ】
炎の都。
大地が唸り、街の中心では処刑台の火が燃え上がっていた。
「“神の声”を騙る者たちを粛清せよ!」
紅の軍勢が叫ぶ。
人々の叫びと泣き声の中、
紅の勇者がゆっくりと歩み出た。
その姿は、まるで燃える影。
彼の一歩で地が揺れ、空気が熱を帯びる。
「……恐れるな」
彼の声は、奇妙なほど穏やかだった。
「これは罰じゃない。
新しい秩序の始まりだ」
彼が剣を掲げると、炎が空を覆い、
人々の恐怖が“静寂”に変わっていった。
焼け焦げた街に、紅の印がひとつ浮かび上がる。
それはまるで、罪を数えるような印だった。
◇ ◇ ◇
だがその瞬間、紅の空の端に――
青い光がひとすじ、走った。
紅の勇者が顔を上げる。
「……見てるのか、僕のもうひとつの影」
その声と同時に、蒼の空にも紅い稲妻が走った。
二つの世界の境界が、一瞬だけ“共鳴”したのだ。
◇ ◇ ◇
【虚空】
青と紅の世界を繋ぐ暗い幕の裏で、
“本物の僕”はその光景を見下ろしていた。
二つの舞台。
二人の僕。
観客の歓声。
「……なるほど。
善も悪も、奇跡も粛清も、
同じ“演出”の裏返しか」
僕は手を掲げ、
指先で光と影を操るように動かした。
すると――蒼の世界の祈りが一瞬途切れ、
紅の世界の炎が揺らいだ。
「触れた……?」
二つの世界の境界が、まるで生き物のように波打つ。
僕は笑った。
「いいじゃないか。
そろそろ、観客にも少し“干渉”してもらおう」
◇ ◇ ◇
その瞬間、二つの世界で同時に“奇跡”が起きた。
蒼の国では、死者のひとりが息を吹き返し、
紅の国では、処刑台にいた罪人が涙を流して膝をついた。
民はそれぞれに歓喜した。
蒼では「救済の奇跡」
紅では「贖罪の覚醒」
しかし、どちらの奇跡にも――
“第三の声”が混じっていた。
『……これは、まだリハーサルだよ』
◇ ◇ ◇
空が震え、二つの世界の空気が交わった。
青と紅の光が交錯し、
人々の記憶に“同じ夢”が刻まれる。
それは、ひとつの舞台に二つの幕が重なる瞬間。
奇跡と粛清が、まるで同じ物語を語っているかのようだった。




