第36話 ふたつの王国
――同じ朝。
同じ空の下。
しかし、世界はもう“ひとつ”ではなかった。
東の地平には、青く澄んだ光を湛える国。
西の果てには、紅に染まる炎のような国。
その境界には、深く裂けた亀裂が走り、
まるでこの世界を真っ二つに切り裂いた舞台の幕のように――
空まで届く光の壁が立ち上がっていた。
◇ ◇ ◇
【蒼の王国――リュミエール】
そこは、静謐と祈りの国。
人々は互いを思いやり、傷を癒し合い、
かつての王都の面影をそのままに保っていた。
「信じるのです。“蒼の勇者”は、必ず我らを導く」
青い紋章を胸に掲げた聖職者たちは、
街の至るところで説法を続けていた。
アマリアはその中央の大聖堂に立ち、祈りの鈴を握る。
彼女の背後には、幾千の民がひざまずき、
蒼い光の雨のような祝福を浴びている。
「……勇者さま。
この光が、どうかあなたの心を照らしますように」
彼女の祈りに応じるように、天井のステンドグラスが輝いた。
そして青い火花がひとつ、空に溶ける。
◇ ◇ ◇
その祈りの光の下で、ジークは戦場を見ていた。
城壁の外――紅の軍勢が近づいていた。
「彼らもまた、勇者を信じているのか……」
彼は剣を抜きながら、低く呟いた。
副官が叫ぶ。
「敵は“紅の勇者”の名を掲げています!
我らの勇者を“偽物”と断じて!」
ジークは目を細めた。
「……あいつなら、どちらも本物だって笑うだろうな」
◇ ◇ ◇
【紅の王国――カルマ】
そこは、熱と咆哮の国。
大地は黒く、空は赤く燃え、
人々は鉄と血で道を築いていた。
その中心に立つのは――仮面の主だった。
だがその仮面はもう完全に砕け、
代わりに額に紅の紋が刻まれている。
「“紅の勇者”はこの世の欺瞞を焼き尽くす。
神を否定し、人を創造する者――それが我らの主だ!」
兵たちが叫ぶ。
その声に、彼は笑いもしなかった。
「……演出が少し派手すぎるな」
炎の玉座の上、紅の勇者が呟いた。
その瞳は静かに、遠くの蒼い空を見つめていた。
◇ ◇ ◇
紅の勇者――その姿は“彼”、勇者本人。
しかし、その表情にはかつての無邪気さも皮肉もなかった。
まるで「理想」を切り離された残り火のように、
ただ純粋な“意志”だけがそこに残っていた。
「……蒼の僕か。祈りで世界を守るなんて、ずいぶん優しいじゃないか」
紅の勇者は微笑み、剣を掲げる。
「なら僕は、現実を焼いてやる。
壊れなきゃ、何も始まらない」
◇ ◇ ◇
その頃、“蒼の勇者”もまた目を覚ましていた。
青い光に包まれた大聖堂の屋上。
空の果てを見上げるその姿は、まるで神の化身のよう。
「……壊すことしか知らない君を、僕は止める」
風が吹く。
彼の背に羽のような光が走り、
その瞳には静かな決意が宿っていた。
「この舞台の観客が、悲鳴じゃなく拍手を送るように。
僕は“救い”の演出をする」
◇ ◇ ◇
そして空の高みで――
蒼と紅の光が、再び交差した。
ふたつの勇者。
同じ存在から分かたれた、相反する意志。
その狭間で、舞台裏に立つ“本物の僕”が微笑む。
「いいね。
こうでなくっちゃ、物語は進まない」
虚空の闇の中。
青と紅、二つの光が、まるで糸のように彼の指先で絡み合う。
「どちらの幕が先に閉じるか――
それを決めるのは、観客だ」




