第35話 分岐する信仰
王都に新しい旗が立った。
だがそれは王の紋章ではない。
青い火花を模した布――
人々はそれを「蒼き導き」と呼び、再び祈りを始めた。
けれど、王都の北。
焦土と化した地帯では、別の旗が翻っていた。
紅い円環を描いた布。
そこに刻まれた紋章は、あの日――仮面の主が残した「双環の印」だった。
青と紅。
二つの祈りが、同じ空を分かち合っていた。
◇ ◇ ◇
「……まるで、信仰戦争の予感ね」
ミディアが吐き捨てるように言った。
彼女たちは王都の外壁の上に立っていた。
朝霧の向こうには、人の群れ。
青い布を掲げて集まる民、
そしてその向こうに、紅い旗を掲げる別の集団。
「信じるものが違うだけで、同じ民が殺し合う……皮肉なものだ」
ジークの声は低く、怒りを押し殺していた。
アマリアは祈りの鈴を胸に抱き、静かに目を閉じる。
「どちらも、勇者さまを信じているのに……」
◇ ◇ ◇
ミディアが肩をすくめる。
「信仰ってそういうものよ。
“見たい真実”しか見ない。
蒼き導きの信徒は、“勇者が世界を救う”と信じ、
紅の環を掲げる者たちは、“勇者が神を倒す”と信じている」
ジークが苦々しく笑った。
「どちらも極端だ。あいつの本心を知っていれば――」
アマリアが顔を上げた。
「……でも、私たちでさえ、本当の勇者さまを全部知っていたわけじゃない」
その言葉に、ミディアも言葉を失った。
しばし沈黙。
遠くで太鼓の音が響く。
◇ ◇ ◇
その音は、戦の合図だった。
青い旗の群れと、紅の旗の群れが――互いに剣を抜いた。
「……始まってしまったか」
ジークが呟き、剣を抜く。
「止めるのよ」
ミディアが叫び、光弾を放つ。
それは威嚇の閃光となり、戦列の間に火花を散らす。
「やめてください! 勇者さまは争いを望んでなどいません!」
アマリアの声が響く。
だが、誰も聞かない。
怒号と恐怖が、信仰を狂気に変えていく。
◇ ◇ ◇
そのとき、空が鳴った。
まるで、雷鳴でも、天啓でもなく――“拍手”のような音。
雲の裂け目から、青と紅の光が同時に降り注ぐ。
人々が顔を上げた。
空には、二つの影。
ひとつは蒼く、ひとつは紅く。
どちらも人の形をしていた。
「……勇者?」
「違う……どっちも……!」
群衆がざわめく。
蒼の影が穏やかに手を掲げ、
紅の影が微笑んで剣を抜いた。
その瞬間、世界が二つに割れたように見えた。
◇ ◇ ◇
地上では、ミディアが息を呑む。
「……まさか。二人とも、勇者ちゃん……?」
アマリアの瞳に涙が溢れる。
「違います。
あの青は――“あの人の理想”。
そして紅は、“あの人の願い”。
どちらも、勇者さまの心なんです……!」
ジークが剣を握る。
「なら、どちらが本物だ?」
アマリアは静かに答える。
「――どちらも、です」
◇ ◇ ◇
空の二つの影が、まるで鏡合わせのように向き合う。
そして、同時に口を開いた。
『この世界は――舞台だ』
蒼が言う。
『神を信じるなら、救済を描け』
紅が続く。
『人を信じるなら、破壊から創れ』
声が重なった瞬間、空が光に裂けた。
その眩さの中で、人々は歓喜と恐怖の声を同時に上げた。
◇ ◇ ◇
――そして世界は、本当に二つに分かれた。
蒼の国と、紅の国。
信仰によって、現実そのものが枝分かれしていく。
その裂け目の狭間で、
虚空に立つ“本物の勇者”が、静かに笑った。
「……これでいい。
二つの舞台――二つの観客席。
さぁ、どちらの拍手が大きいか、見せてもらおうか」




