第26話 崩れゆく絆、交錯する刃
昼下がりの王城は、ひどく静かだった。
けれどその静けさは平穏ではなく、まるで崩壊を前にした“嵐の前”のような沈黙だった。
廊下を歩く兵士たちは互いに目を合わせず、文官は机の上の書類よりも、隣の動きを警戒している。
疑心暗鬼は、確実にこの城を蝕み始めていた。
──そしてその中心に、僕らの亀裂もあった。
◇ ◇ ◇
「勇者、今日から別行動を取る」
朝の報告の場で、ジークが低い声で言った。
「……別行動?」
「ああ。お前のやり方にはついていけん。
城の防衛は俺が見る。ミディアとアマリアは、王の護衛に回ってくれ」
ミディアは唇を歪めた。
「まぁ、いいですわ。どうせ勇者ちゃん、また一人で芝居を打つんでしょう?」
アマリアは沈黙したまま、小さく祈るように指を組んだ。
「……どうか、誰も傷つきませんように」
その祈りが空に消えていくのを見ながら、僕はただ、笑っていた。
「構わないさ。舞台は群像劇の方が深みが出る」
◇ ◇ ◇
ジークたちが出ていったあと、僕は廊下の影に身を潜めた。
目を閉じると、まだ昨夜の仮面たちの声が耳に残っている。
『次は――王自らを引きずり下ろす』
……来る。
必ず、今日中に動く。
そして、もし予想が当たるなら――その瞬間、僕は「どちら側にも立てる」。
◇ ◇ ◇
夕刻。
王城の警鐘が鳴り響いた。
鋭く、短く、切迫した音。
「北門から侵入者!」
「仮面の者どもです!」
ジークの怒声が廊下に響く。
「全員配置につけ! 王を護れ!」
兵士たちが走り出す。
ミディアの魔弾が通路を照らし、アマリアの祈りが光となって包み込む。
火花と叫び、血の匂い。
王城が、戦場そのものになった。
◇ ◇ ◇
僕は一歩、退いて見つめていた。
……やはり来たか。
だが、思ったよりも早い。
炎の向こう、仮面の群れの中に――昨夜、地下で見た豪奢な仮面の姿があった。
奴が指をひとつ振ると、部下たちが一斉に兵を押し退け、王の間へと進む。
そして視線が合った。
白い仮面の奥から、嗤う声が聞こえた気がした。
「勇者よ、どちらの舞台に立つ?」
◇ ◇ ◇
ジークが叫ぶ。
「勇者! お前も戦え!」
ミディアが息を吐く。
「……さあ、主演の登場時間ですわよ」
アマリアが震える声で祈る。
「勇者さま、お願い……どうか、私たちと――」
僕は剣を抜いた。
青い光が刀身に走る。
そして微笑んだ。
「いいだろう。舞台はクライマックスだ。
この幕が終わるまで、僕は“勇者役”を演じてやる」
◇ ◇ ◇
その一言に、ジークが目を見開いた。
アマリアは涙をこぼし、ミディアは愉快そうに笑った。
そして僕は、燃え盛る王城の廊下へ踏み込んだ。
正義と陰謀、信頼と裏切り――そのすべてを観客席へ届けるために。




