第17話 仲間割れの予兆
廃水門からの帰り道、誰も口を開かなかった。
夜の王都は冷たく静まり返り、石畳に響く足音だけがやけに大きく聞こえる。
──重い沈黙。
それは、仮面の主の言葉が仲間たちの心に深い影を落とした証だった。
やがてジークが立ち止まり、振り返った。
「勇者……お前、あいつらの話を“聞く”なんて言ったな」
「ええ、言いましたわね」ミディアがすかさず乗る。
「舞台の主役を望む、なんて……あら、まるで勇者ちゃん自身のお気持ちそのもの?」
アマリアは唇を噛みしめ、首を振った。
「勇者さま……どうか違うと言ってください」
僕は立ち止まり、夜空を見上げて答えた。
「違う? ……いや、違わないかもしれない」
◇ ◇ ◇
沈黙が一瞬にして張り詰める。
ジークの拳が震え、剣の柄を強く握りしめる。
「ふざけるな! お前は勇者だろう! 人々を守るために剣を振るう存在だろう!」
「でも、勇者ちゃんは違う夢を語ってましたものね」ミディアが口元を歪める。
「『魔王になりたい』……そうでしたっけ?」
「ミディア!」アマリアが彼女を叱咤するように呼ぶ。
「そんな言い方……!」
だがミディアは肩をすくめた。
「事実でしょう? 勇者ちゃんが心の底で何を望んでいるのか、私は見てみたいだけですわ」
◇ ◇ ◇
僕は三人の視線を受け止めた。
ジークの怒り、ミディアの好奇心、アマリアの恐れ。
それらが混じり合い、僕の胸の奥で青い火花をさらに燃え上がらせる。
「正義を信じたいなら、それでいい。
でも僕は──観客が望む劇を演じるだけだ」
「観客……?」ジークが眉をひそめる。
「誰だ、それは。誰に見せるつもりなんだ!」
「……」僕は答えなかった。
答える必要もなかった。
◇ ◇ ◇
アマリアが一歩、僕に近づいた。
その瞳は揺れていたが、声は震えていなかった。
「勇者さま……私はあなたを信じます。どれほど異質でも、闇に近づいても……。
けれど、どうか自分を見失わないでください」
ジークは拳を壁に叩きつけた。
「チッ……アマリア、甘すぎる。勇者がこれ以上ふざけたことを言うなら……俺は容赦しない」
「……いいですわね」ミディアが薄く笑った。
「舞台が崩壊する前に、役者同士の喧嘩。観客は大喜びですわ」
◇ ◇ ◇
その夜。
眠りにつけないまま窓辺に立ち、王都の灯を眺める。
人々の怯え、仲間の不信、仮面の主の誘い。
──すべてが渦巻いて、舞台はさらに熱を帯びていた。
「仲間割れか……いいじゃないか」僕は笑った。
「舞台は混沌のほうが、面白い」