第15話 仮面の使者
王都の夜は不安に覆われていた。
水路の噂は広がり、井戸を避けて水を買いに走る者が増えた。
子供が熱を出したと泣く母親、井戸の周りに集まって祈る老人。
──それらの光景は、舞台に流れる前奏曲のように思えた。
僕は路地を歩きながら、胸の奥の青い火花を確かめる。
仮面の主たちは確かに生きて動いている。
ならば、次の幕は必ず仕掛けてくる。
◇ ◇ ◇
予感は外れなかった。
王城の一室。
僕ら勇者一行に届けられたのは、一通の封書だった。
表には奇妙な印──円に斜線が刻まれ、血のような赤で染められている。
ジークが眉をひそめる。
「挑発か? こんなものを堂々と……」
「勇者ちゃん、これは呼び出しですわね」
ミディアは指先で封書を持ち上げ、冷ややかに笑う。
「観客の一人としては、悪くない演出ですわ」
アマリアは怯えた表情を浮かべた。
「……罠かもしれません。陛下に報告すべきです」
だが僕は封を切り、中の文を声に出した。
“勇者へ。真の舞台に立つ覚悟があるなら、明晩、廃水門へ来い。
我らが仮面の主は、お前と会うことを望んでいる。”
◇ ◇ ◇
「勇者、これは危険すぎる」ジークの声は低く、険しい。
「奴らは裏切り者だ。正面から会う必要はない」
「むしろ好都合ですわ」ミディアが肩をすくめる。
「黒幕が自ら招いてくれるなんて、舞台に花を添えるものです」
「……勇者さま」アマリアが僕を見つめる。
「どうか、正しい道を選んでください。闇に呑まれないように……」
僕は彼女の祈りを背に受けながら、笑った。
「正しい道? それは観客が決めることだよ」
◇ ◇ ◇
夜。
廃水門に足を踏み入れると、冷たい風が吹き抜けた。
苔むした石壁、滴り落ちる水滴の音。
そして闇の中に──仮面をつけた影が立っていた。
「勇者よ」低い声が響く。
「英雄ではなく、黒幕を望む者よ。我らはお前を歓迎する」
青白い仮面が月光に浮かぶ。
その奥にある瞳は見えない。だが、確かに僕を見透かしていた。
胸の奥で、青い火花が大きく爆ぜる。
──ついに、舞台の“もう一人の黒幕”が姿を現した。