第14話 恐怖の波紋
朝の市場は、いつもなら威勢のいい掛け声と客のざわめきで満ちている。
だが、その日は違った。
露店の桶に浮かぶ魚が、腹を上にして死んでいた。
水売りの少年は怯えた顔で叫んだ。
「飲むな! この水は……毒だ!」
瞬く間に噂は駆け巡り、群衆は混乱した。
「井戸が汚されてるんだ!」
「誰がこんなことを……」
「もう王都は終わりだ!」
恐怖は目に見えぬ毒のように広がり、人々の声が悲鳴に変わる。
──まさに観客席全体が揺れ動く瞬間。
僕は市場の片隅に立ち、口元を隠して笑みを噛み殺した。
◇ ◇ ◇
「落ち着け!」
ジークが群衆の前に立ち、声を張り上げた。
「勇者一行が必ず原因を突き止め、王都を守る!」
その姿は確かに人々を安心させる。
だが、彼らの恐怖が完全に拭われることはない。
「勇者が来ても……毒は消えないだろう?」
「仮面の連中の仕業だって話だぞ」
ささやきが闇のように残り続ける。
「勇者ちゃん、どんどん面白くなってきましたわね」
ミディアは杖を軽く回し、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「王都全体が舞台装置に早変わりですわ」
アマリアは必死に祈りを捧げていた。
「神よ……どうか人々に安らぎを……」
◇ ◇ ◇
夜。
王都の大広間では、貴族たちが集まり会議を開いていた。
「水路の管理を徹底すべきだ」
「いや、異端の連中を処刑するべきだ!」
「仮面の者どもを放置すれば国が崩れる!」
互いに責任を押し付け、声を荒げるばかりで、結論は出ない。
そんな中、王が勇者である僕に目を向けた。
「勇者よ。人々を安心させる言葉を与えてやれ」
僕は一歩前に進み、口を開いた。
「心配はいらない。毒の正体も、背後にいる者も──必ず暴き出す」
大広間に拍手が起こる。
人々は“勇者”の言葉に救いを見出す。
けれど僕の胸の奥では、別の言葉が反響していた。
──暴くのは舞台の役者を決めるため。
主役は僕か、仮面の主か。
◇ ◇ ◇
その夜、路地裏。
壁にはまた新しい印が刻まれていた。
円の中に走る斜線。
仮面の貴族たちの合図。
「挑発しているのか、それとも誘っているのか」
僕は印を指でなぞり、舌の裏で仮名を転がす。
青い火花がまた胸の奥で弾けた。
「いいだろう。次の幕は、もっと派手にやろうじゃないか」