第13話 王都に広がるさざ波
水路に投げ込まれようとした瓶は、ジークの剣で砕け散った。
毒は水に混じる前に床石へ飛び散り、黒い染みを残す。
敵の一団は短い戦闘の末に退き、残された兵士の口から「仮面の主」の名が洩れた。
──それがすべて昨夜の出来事。
夜明けとともに王都の大通りを歩くと、広場には噂が広がっていた。
「南区の井戸が濁ったらしい」
「魚が死んで浮いてたそうだ」
「毒だって? まさか……」
まだ市全体が混乱しているわけではない。だが、さざ波のように恐怖は静かに広がっている。
◇ ◇ ◇
王城の執務室。
将校たちが集まり、地図の上に赤い石を並べていた。
「異常が確認された井戸は三箇所。いずれも水路に近い場所だ」
「昨夜の襲撃が阻止されていなければ、被害はもっと広がっていたでしょうな」
ジークが腕を組み、真剣な眼差しで言う。
「王都の水を汚す……戦争行為に等しいぞ。誰の仕業だ?」
重苦しい沈黙。
そして僕は口を開いた。
「仮面の主、だ」
室内の空気がぴしりと凍った。
◇ ◇ ◇
「勇者殿、それは確かか?」
一人の文官が声を荒げる。
「倒れた兵の口から直接聞いた。奴らは仮面の下で王都を操ろうとしている」
僕は平然と答えた。
「馬鹿な……仮面の貴族たちは陛下の忠実な……」
別の将校が反発しかけ、口をつぐんだ。
ミディアがくすりと笑い、杖の石突を床に鳴らす。
「否定が早いほど怪しいものですわね」
アマリアは顔を曇らせ、両手を組んで祈った。
「もし本当なら……この国の根幹が揺らぎます」
◇ ◇ ◇
その夜、僕は一人、王都の路地裏を歩いた。
祭りの後の余韻は消え、夜の王都は静まり返っている。
だが、ところどころに黒装束の影がちらつき、仮面の印を壁に残していく。
「やはり……彼らは街全体を舞台に変えるつもりか」
僕は壁に刻まれた印を指でなぞり、笑った。
仮面の主たちが演出する混乱。
それを利用して、さらに大きな舞台を描くのは──僕だ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
王城の広間で、王は厳しい顔をして告げた。
「勇者よ。王都を乱す陰謀を暴け。民の不安を払うのは、お前の使命だ」
「承知しました、陛下」僕は恭しく頭を下げた。
だがその胸の奥では、別の言葉を囁く。
──使命? 違う。
僕が望むのは、舞台を支配する黒幕の座。
仮面の主か、あるいは僕自身か。
観客が選ぶのは、どちらの芝居だろうな。