第12話 仮面の奥
黒装束の一団が水路に瓶を投げ込んだ瞬間、
ジークが飛びかかり、剣で瓶を叩き割った。
毒は水に触れる前に砕け散り、床石を黒く焦がす。
「遅い!」覆面の男が叫び、刃を振りかざす。
だがジークの剣が一閃し、その腕を弾き飛ばした。
ミディアの魔法が火花を散らし、アマリアの祈りが結界を張る。
わずかな交錯の後、黒装束の一団は次々と倒れ、残った数人は闇に溶けるように逃げ去った。
「……逃げ足が速いな」ジークが息を吐く。
「勇者ちゃん、戦闘というより露払いですわね」ミディアはつまらなさそうに杖を振った。
僕は剣を下ろし、倒れた男の覆面を剥いだ。
◇ ◇ ◇
現れた顔に、アマリアが息を呑む。
「これは……王都の兵士?」
若い兵士だった。まだ二十歳にも満たないだろう。
鎧の痕が残る肩、王国の紋章を焼き潰した跡。
「裏切り者か……」ジークは苦々しく呟く。
「いえ」僕は兵士の手首に刻まれた印を指差した。
「これは……契約の紋章だ。強制的に従わされている」
「つまり、自ら望んで毒を撒いていたわけではない?」
ミディアの目が細められる。
「操られている……誰かの手によって」
◇ ◇ ◇
兵士の口が小さく動いた。
「……仮面……の、主……」
声はかすれ、すぐに途絶えた。
だがその言葉は十分だった。
「仮面?」アマリアが青ざめた顔で繰り返す。
「もしかして……」
僕は心の奥で笑った。
──やはり。
舞台裏の役者は、仮面の貴族たち。
“王国の未来を憂う秩序の守り手”と名乗りながら、王都を混乱に陥れている。
◇ ◇ ◇
「勇者、どうする?」ジークが真剣な眼差しを向ける。
「このままでは王国そのものが危うい」
「仮面を暴けばすべて明らかになりますわね」ミディアの口元に笑みが浮かぶ。
アマリアは首を振り、震える声で言った。
「けれど……相手は貴族です。証拠もないのに告発すれば、勇者さままで危険に……」
僕は三人の視線を受け止め、にやりと笑った。
「危険? 望むところだ。舞台は大きいほど面白い」
◇ ◇ ◇
その夜。
窓辺に立つと、王都の水路が月光を反射してきらめいていた。
毒はまだ一部に留まっている。だが放置すれば、街全体に広がるだろう。
──仮面の主。
彼らは僕を英雄に仕立て上げようとした。
だが同時に、混乱を演出する黒幕でもある。
「黒幕か……いいね」
僕は舌の裏で仮名を転がし、青い火花を感じながら笑った。
「同じ役を望む者がいるなら、潰して奪うまでだ」