第11話 水路に潜む影
王都に漂う空気が、わずかに変わり始めていた。
豊穣祭の熱気が去り、広場の片隅では屋台の残骸が片づけられている。
けれど民の口からは、不安げな噂が漏れ聞こえてきた。
「西区で牛が急に倒れたらしい」
「南の市場で子供が熱を出して……」
「水が濁ってるんじゃないか」
──水。
僕の耳に、仮面の貴族たちが語った陰謀の言葉が蘇る。
“王都を巡る水路に毒を流し込もうとしている”
観客が仕組んだ舞台は、すでに幕を開けていた。
◇ ◇ ◇
王城の一室。
地図を広げた将校が険しい顔で報告する。
「被害はまだ小さいが、確かに水路に異常がある。勇者殿、至急調査をお願いしたい」
「また俺たちの出番か」ジークが立ち上がり、剣を背負う。
「市井の混乱を止めるのも勇者の務めだ」
「勇者ちゃん、こう毎回舞台に引っ張り出されると、うんざりですわね」
ミディアは杖を肩に担ぎ、皮肉を飛ばす。
「でも……もし本当に水が汚されているなら、人々が危険です」
アマリアは眉を寄せ、祈るように呟いた。
僕は三人の言葉を聞き流しながら、内心で笑った。
──いいぞ。
民衆を巻き込む混乱。舞台は大きければ大きいほど良い。
◇ ◇ ◇
王都の下水口へと続く暗い通路。
湿った石壁を松明の光が照らし、かび臭い空気が肺を満たす。
足元を細い水が流れ、どこか鉄の匂いが混じっていた。
「……濁ってるな」ジークが剣先で水を掬い、顔をしかめた。
「魔素を帯びてますわ」ミディアが杖を近づける。青い光が水面を走り、嫌な反応を示した。
「毒……です」アマリアが青ざめた顔で祈りを捧げる。「神よ……」
僕は松明の炎を見つめながら、舌の裏で仮名を転がした。
──この水が全市街へ流れれば、悲鳴は街全体に響き渡るだろう。
想像だけで、胸の奥の青い火花が爆ぜた。
◇ ◇ ◇
突如、闇の奥から気配がした。
「……誰かいる!」ジークが剣を構える。
足音。
やがて姿を現したのは黒装束の一団だった。
顔を覆面で隠し、瓶や袋を抱えている。
中身は……毒。
「お前たち……!」
ジークが叫ぶ。
「なるほど。舞台裏の役者か」僕は笑みを浮かべた。
「いいタイミングで登場するじゃないか」
黒装束の一人が低く呟く。
「勇者……余計なことを」
次の瞬間、瓶が振りかぶられ、水路へと投げ込まれようとした。
「止めろ!」ジークが飛び出す。
ミディアが詠唱を始め、アマリアが祈りを唱える。
──水路を巡る毒の陰謀。
幕は、確かに上がった。