表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

第10話 王都に垂れる影

王都は表向き、祭りの余韻に包まれていた。

夜空を彩った花火の記憶を語り合い、子供たちは屋台の玩具を振り回し、大人たちは酒場で喧騒を楽しむ。

だが、その笑顔の裏で──不穏な影が静かに広がっていた。


「勇者殿」

廊下を歩いていた僕のもとに、あの廷臣が近づいてきた。

青い羽飾りを揺らしながら、声を潜める。

「どうか今宵、裏庭へ」


……また舞台裏の誘いか。

僕は頷き、何事もない顔でその場を通り過ぎた。


◇ ◇ ◇


王城の裏庭は人影もなく、噴水の音だけが夜に響いていた。

そこに仮面の貴族たちが集っていた。

焚き火の光で浮かぶ白い仮面は無表情で、むしろ不気味なほど整っている。


「勇者殿」

ひとりが口を開く。

「北の街道の討伐、見事でした。民衆はあなたを絶対的な英雄と仰いでおります」


「拍手喝采はありがたい」僕は笑った。「だが、わざわざ呼び出してまで何を見せたい?」


「……王都に迫る大きな危機を」

別の貴族が低く告げた。


◇ ◇ ◇


広げられた羊皮紙には、王都の地図。

その各所に赤い印が記されていた。


「水路です」廷臣が指を差す。

「王都を巡る大水路に、何者かが毒を流し込もうとしている。すでにいくつかの地区では家畜が倒れ、人間にも熱病が広がりつつある」


「毒……」ジークが息を呑む。


「本当ですの?」ミディアは目を細め、羊皮紙を睨む。


アマリアは小さく祈りを唱えた。「神よ……」


僕は地図を眺めながら、心の奥で笑っていた。

──なるほど。

人々の生活を支える水路が、舞台装置に早変わりする。

その毒が広がれば、英雄は再び前に立たねばならない。


だが同時に、混乱と絶望が王都全体を覆う。

それは僕の求める“黒幕の劇場”そのものだった。


◇ ◇ ◇


「勇者殿」仮面の貴族が言う。

「これは王都を揺るがす陰謀。我らは陛下に報告すべきだと考えております。しかし……証拠が乏しい」


「だから勇者殿にお願いしたい」廷臣が囁く。

「影の黒幕を探り出し、討っていただきたい」


……黒幕を討て?

笑わせる。

僕は黒幕になろうとしているのに。


「いいだろう」僕はあっさり答えた。「その役、引き受けよう」


◇ ◇ ◇


部屋へ戻る途中、窓から王都の夜景を見下ろした。

川のように張り巡らされた水路が、月光を反射してきらめいている。

だが、そこに毒が流れ込めば──王都全体が恐怖と混乱の舞台に変わる。


「英雄の芝居を続けながら、裏で舞台を操る」

僕は小さく笑った。

「これ以上の役回りはないな」


胸の奥で、青い火花がまた大きく爆ぜた。

王都に垂れた影は、確かに広がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ