第1話 北の森、はじまりの青い火花
勇者って、つまり便利屋だ。
困った人を助ける。困ってない人も助ける。困ってる自覚すらない人にまで首を突っ込む。──それを「使命感」と呼ぶか「お節介」と呼ぶかは、読者のあなたにお任せする。
僕? ああ、僕は勇者だ。名前はまだ無い。だって「勇者」って称号がもう固有名詞みたいなもんだし。わざわざ名前を与えたら、作者が登場人物の数を管理できなくなって困るだろう? ほら、ドラクエのモブ村人が「やあ」しか言わなくなるアレ。
さて。
世界を救う? 冗談じゃない。僕が憧れているのは──魔王だ。
「勇者が魔王に憧れる」なんて矛盾だって?
いやいや。勇者は魔王がいなければ成立しない存在。つまり勇者の生みの親であり最大のスポンサーは魔王。ラスボスがいなければ勇者はただの無職。物語を物語たらしめる存在、それが魔王。
……ね? 魔王ってかっこいいと思わない?
村人に「ありがとう」って言われるより、城を黒炎で焼き払って「ぎゃー!」って言われたい。
誰かの希望になるよりも、誰かの絶望そのものになりたい。
……なのに。
僕がもらったジョブは「勇者」。よりによって正義の化身。よりによって笑顔を守れって言われる側。
「おい勇者、次のクエストだ。北の森で魔物が暴れている」
ほら来た。王様からの依頼。
これが「世界崩壊の危機!」とかなら燃えるのに、「北の森」だよ? 地図の隅っこどころか、観光ガイドにも載ってないローカルエリア。どう考えても近所の猟師に頼めば解決だろ。
……と、そんな愚痴をこぼしていたら。
「勇者、お前また“魔王になりたい”とか考えてただろ」
横で剣を研いでいた剣士のジークが眉をひそめる。
「はい出た勇者病。毎度のことですわね」
魔法使いのミディアはため息をつき、杖で床をトントン叩いた。
「……勇者さま。闇落ちする前に、とりあえず依頼こなしませんか? 善行ポイント、大事です」
僧侶のアマリアはお祈りポーズでやんわり笑う。
……なんだよ。全員して正論をぶつけてくるな。
僕の野望はラスボス、つまり物語の主役!
なのに現実は「キノコ採集ついでにゴブリン退治」だなんて。
これじゃあ黒幕どころか、舞台裏で「大道具動かしてます」レベルだ。
◇ ◇ ◇
(中略:森で老婆に事情を聞く~夜に青い光の存在と“観客”の男と出会うまで)
◇ ◇ ◇
「契約しよう」男は手を差し出した。
僕はその手を握り返し、胸の奥でぱち、と青い火花が鳴った。
──いつか必ず。
本物の魔王が現れて、僕を見抜いてくれるはず。
そのときこう言われるんだ。
「勇者よ。お前を──雑用から昇格させてやろう」
……いやそこは「ラスボスにしてやろう」って言えよ。