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元人魚のササメくん

作者: 秋乃晃

fin/ale

 昨日の夜中、学校のプールに()()()はずのササメくんは、教室に入ってきたぼくを見て「人殺しぃ」と言った。



 ぼくは不思議な安堵感――彼がササメくんの席に座っているのなら、彼がササメくんなのだろうし、ぼくは彼を(あや)めたとはいえない。今日は一瞬しか彼の姿を見てはいないけども、彼は金曜日と変わっちゃいなかった。だから、彼がぼくのしたことを、口外しなければ。そしてぼくが、何ともなかったかのように接すれば、これからも、これまで通り――と、寒気がして、その場で回れ右をする。

 ササメくんは今頃プールの底にいるはずなのだ。教室にいる彼、あれは何者なのだろう。水死体は浮くらしいが、ササメくんは人間じゃあないから、浮かんでこなかった。一際大きなあぶくを吐いて、死んだはずなのに。


 三学期の始まりに、ササメくんはこの学校に転校してきた。アニメ映画の『リトル・マーメイド』の主人公のアリエルのような赤い髪と翠色の瞳、日本人らしくない身体的特徴と、画面の向こう側で歌って踊るアイドルのような顔立ち――母親に写真を見せたら「ケンティーに似ている」と言われたので見比べる。そうか?――に、クラスの女子たちが騒ぎ出す。学校中で話題となった。ギャルっぽい先輩が、休み時間に教室に押し入ってきてラブレターを渡す。靴箱にも手紙が舞い込む。

 同性のぼくからすれば、こんなに()()()()()ことはなかった。内心そう思っているやつが、他にもいたらしく、次第に根も葉もないウワサが流れ始める。


 ササメくんは人魚らしい。本人も全否定はしない。ただ「()人魚ね」と言ってウインクした。それじゃあまるで本当に『リトル・マーメイド』じゃあないかと思う。


 そんな空想上の生き物が、こんな片田舎の中学校にいる。ウワサは膨張した。やがてササメくんの耳には届かないところで――いや、ぼくはササメくんじゃあないからわからないけど、ササメくんの耳にも届いていたのかもしれない――八尾比丘尼伝説と結びつけて、不老不死だとか、言われるようになる。ササメくんの超然とした、なんだか神秘的な、そんなオーラが、膨張したウワサを熱した。まるで気球のように浮かび始める。写真や動画がネットで拡散された。ネットの世界では「嘘乙」とさんざんな言われようだ。人気になればなるほど、ぼくは嫌な気持ちになった。妬ましいとか、羨ましいとか、そういった感情がまぜこぜになって、ぼくは日曜日の夜にササメくんを学校に呼び出す。


 思えばぼくがササメくんを消したところで、このぼくがササメくんのようになれるかというとそうではないのに、日曜日のぼくの行動はこの月曜日のぼくには理解不能だった。なんであんなことをしちゃったんだろう。ぼくはササメくんに何の恨みがあるのかといえば、何をされたわけでもなし。


 ササメくんは疑いもせずにのこのこと――見慣れた制服姿ではなく、ティーシャツに短パン姿で――学校にやってくる。クラスの女の子が見たらまたなんか言うんだろうなと思うとムカついた。

 カギが壊れて近日中に直すと言ったきりそのまんま放置されているプールの扉を開けて「夜の学校も、なんかいいね。連れてきてくれてありがとう」と平和ボケしたことを抜かすササメくんの背中を突き飛ばす。


「人魚なんだから泳げよ」


 手足をばたつかせて浮かびあがろうとする頭を押さえつけて()()()。沈めたはずなのに。



 プールの鍵はこの最悪なタイミングで新調されていて、ぼくが立ち入ることはできなかった。

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