第二章 やられ役がやられたら、神紋がニッコリした
「お前……ユリス!?お前、死んだはずじゃ……!?」
金髪の少年――ゼルド・グラフィルの顔には、まるで墓から這い出てきた幽霊でも見たかのような驚愕が刻まれていた。
ユリスはにっこりと笑いながら答える。
「うん、確かに一度死んだよ。でもまあ、神様が哀れんでくれたのか、ついでに拾ってくれたらしい。」
さらっと言ってのけるその口調には、まるで「今日の天気は晴れ」くらいの軽さと、
「動揺してる君を見てるのが面白いんだよね」的な悪趣味な余裕が漂っていた。
ゼルドの眉がひそめられる。
数日前、自分の手でこの三男坊を半死半生にしたはずだ。医者も「助からん」と断言したのに……。
「どうやって生き延びたんだ……?」
「神の奇跡、ってやつかな?」ユリスは神妙な顔でそう言いながら、腹を押さえるように手を当てた。
(いやいや、誤解するなよ。俺、別に信仰深いタイプじゃないからな!?)
(マジで真実を語るなら、『神様に平手打ちされて異世界送りにされて、ついでに罰ゲーム付きのシステムまでくっつけられた』だろ……誰が信じるかよ!)
周囲の視線は微妙に集中していた。
本人は神紋を意識して触れているが、他人から見れば、ただの“急に腹を痛め出したヤツ”である。
ユリスはさらに演技を続ける。
「よくは覚えてないけど、死ぬ直前に神の光を見たような気がするんだよね……」
(あれだよ、キツネ顔のオッサンがニコニコしながら『来世ではちゃんと善いことしなよ?』とか言って、ブチンとやってきたアレ)
ゼルドの表情はますます曇っていく。
「……はっ、くだらん。神を騙ってまで虚勢を張るとはな」
「まるで俺が朝から晩まで南無阿弥陀仏唱えてる奴みたいに言うなよ……」
ユリスはボソッとつぶやく。絶妙な音量で、相手にはギリギリ聞こえるか聞こえないか。
ゼルドが苛立ち混じりに怒鳴る。
「クズはクズだ!一回死んだくらいで何も変わらねえ!」
そして腕を振り上げた。
「捕まえろ!こいつを叩きのめせ!」
二人の護衛が剣を抜き、堂々と突進してくる。
ユリスは目を細めながら小声で吐く。
(いや待て、俺まだ飯食ってないんだけど……これからいきなり殺しにくる!?)
護衛の一人の突きをかわし、足払いで膝を崩す。
倒れ込んだ瞬間に腕を絡めてロックし、人間盾にしてそのままもう一人の剣を受け止める。
「先に手ぇ出したのはお前らだからな?」
そのまま鋭く肘を突き上げ、もう一人の顎をクリーンヒット。
倒れ込んだ護衛たちを横目に、観衆がどよめいた。
「嘘……あれ、本当に斗魂無しで?」
「あんな動き、あの“役立たず三男坊”のものとは思えない……!」
ゼルドは顔色を失い、まるで虫でも噛み潰したような表情になる。
「お前……お前、何者だ……?」
「俺か?」ユリスは肩を回しながらにやりと笑う。
「言っただろ?“神に選ばれた男”だって。」
そしてまた腹を撫でる。
(だから別に腹痛じゃねーっての!変な誤解広がるなよ!?)
その瞬間、神紋が淡く光る。
【贖罪神紋 進捗 +1】
「……マジかよ、これホントに反応してんのかよ」
ユリスはボソッとつぶやきながら、顔には余裕の笑みを浮かべる。
「やっぱ人助けって大事なんだな~」
彼は侍女の方へ向き直り、優しく声をかける。
「大丈夫か?」
「は、はい……!あ、ありがとうございますっ……」
顔を真っ赤にしてお礼を言う少女。
ゼルドは歯を食いしばりながら吐き捨てる。
「調子に乗るなよ!この借り、必ず返す……!」
「はいはい、出た出た。典型的なやられ役のセリフ、Get√~」
ユリスは飄々と手を振りながらも、心の奥では別のことを考えていた。
(……こいつ、多分もう気づいてるな。俺が“前のユリス”とは違うって)
(いいことだ。これで、二度と“あのバカ三男”扱いはされない)
腹の神紋は、誰にも見えないまま、淡く光り続けていた。
(うっとうしいけど……意外と使える?)
彼は微笑んだ。