少女の薬と賭け推理 第一話
「あざしたぁ!」
ガソリンスタンド店員の元気のいい声に見送られて、私たちは再出発した。
「そういえば依頼内容聞いてなかったな。簡潔に教えてくれ」
「依頼……? あぁそうでした! すっかり忘れてました!」
―――馬鹿すぎないか。それ忘れてたなら今この車をどこ向かってに走らせてんるだよ。これ何も言わなかったら私どこに連れてかれてたんだ。
こんな感じで私たちは目的地に着くまで依頼内容について話し続けた。というかこいつが説明するの下手すぎた。
「じゃあつまり、お前は私にこのお屋敷のどこかにあるはずの薬を探せって言ってるんだな?」
「その通りです!」
「……それ、わざわざ私に頼むほどの事なのか? 他の人を雇った方が早くないか?」
「え? 三日月さんって探偵なのに物探しとかしないんですか?」
「確かに職業名に『探』って入ってるし、一応その類の仕事も受け付けてはいるけどさ……もっと近くで探したほうが良かっただろ!」
この時点でガソリンスタンドを出て既に30分経過していた。兎無山から下りてくるのにも15分ほどかかっており、どれだけ急いでも往復1時間半はかかることを考えると、なぜ物探しのために私のもとまで来たのかが甚だ謎で仕方なかった。
運転席からの「そろそろ着きますよ!」という声に反応してフロントガラスを見ると、目の前に四階建てくらいありそうな和風のお屋敷が出てきた。
「でっけぇ……」と口を半開きにしてお屋敷を眺めていると、急に体が宙に浮いた。
「えっ? あっ浮い」
体が浮いたことに気付いた時には既に、私の顔は助手席シートの背面に突っ込んでいた。
シートに顔を強打した反動で、後部座席のシートに戻された私は前歯の痛みを我慢しながらフロントガラスを見ると、着物を着た若い男性が通せんぼをするように両手を広げて立っていた。
「何あの人? 歴戦の当たり屋か?」
一応可能性の高いものを口に出してみたが、運転手の「うわ! そうだった!」という発言を聞いてこいつが原因だと確信した。
「お前何やらかしたんだ?」
「お屋敷の敷地内に入る前に、手前のところで一度検問みたいなのを受けなきゃいけないんですよ。なのに忘れて八十キロで走り続けてた……危なぁ」
―――危なくないアウトだそれは。人を轢かなかっただけアウトの中でも軽いほうだが、そもそも法定速度を超えてるじゃん。馬鹿で車をかっ飛ばすなんてこいつ危険すぎるな。
「じゃあこの人は検問をしてくれるんだな? さっさとしてパスしてこいよ。お屋敷の中の人待たせてるかもしれないからな」
私が催促すると運転席を飛び出し車の前に立っている人物と会話を始めた……が、相手は顔をしかめていて長くなりそうだったので私は依頼内容を改めて確認し始めた。
この依頼人の女性、賭井ノルカは山の麓の町から10キロほど離れた、珠季町の薬局でバイトをしており、山間部や薬局まで通えない人のもとへ薬を届けるという仕事内容らしい。言い方がアレだが、薬の運び屋ってことだ。
そんな彼女がいつものように薬をこのお屋敷に届けていざ帰ろうとすると、お屋敷の人間からついさっき渡した薬が無くなったと言われ、お屋敷の中をある程度探しても見つからなったから私のもとに依頼に来たらしい。
「三日月さん! ばっちり許可いただきました!」
運転席に戻ってきた賭井ノルカは元気のいい声で検問をパスしたことを報告してきたが、会話の最後らへんで相手が渋い顔をしながら頭を縦に振っていたのを私は見ていた。
「まぁ、通れるんならいいよ。早く入るぞ。何事も解決は早いほうがいいからな」と私が催促すると一気にさっきくらいまでスピードを上げて進み始めた。しかしお屋敷の入り口までは二百メートルほどしかなかったため、再び急ブレーキで止まる事になった。
そしてまた、前歯を痛めた。
―――賭井ノルカ、いい加減にしろよ。
「頼もーう!」
堂々とお屋敷の正面玄関から入った私の前に広がってたのは、人生で一度も見ることができないようなすごく高そうな家具の数々……ではなく、私たちを玄関で待っていた全員が眉間にしわを寄せてこちらを見つめているという歓迎する気など全く感じられない光景であった。
かなり居心地の悪い状況の中で私と賭井が
「頼もう事はできん感じだな。探偵っぽく堂々と行こうと思ったんだけど。なぁ賭井、無くなったっていう薬はそんなに大事な物だったの?」
「このお屋敷のご令嬢の持病の薬らしいです」
「そりゃあ大変だな!」
と小声で確認を取り合っていると、お屋敷側の人間の一人、いかにも上品そうな、着物を着た女性が変わらず眉間にしわを寄せたままこちらに近づいてきた。
「あなたが賭井さんが依頼をした探偵さんですね? 私はこの家の当主、鈴城兵蔵の妻、鈴城珠菊と申します。どうかよろしくおねがいします」
「おぉ……珠季町のたまきさんか……」
「何言ってるんですか、ここは真面目な場ですよ三日月さ……」
この場を和ませるのにもってこいな、私の渾身の超面白いギャグにツッコもうとしてきやがった賭井の言葉は怒気の混じった冷たい声に遮られた。
「時に賭井さん。あなたが探偵さんに依頼してすぐに帰ってくると言ってこの場から出ていったことに関しては許しましたが、それにしても帰ってくるのが遅いんじゃないですか? なぜここまで遅れたのでしょうか?」
「ごめんなさい鈴城さん。探偵さんの事務所が遠くって……」
と、賭井が頭を下げながら遅刻の理由を話し始めたが、こいつは「自分が迷ったから遅れた」ということは決して言わなかった。
「様々な理由があったことは分かりました。でもここまで遅れるとなったら、途中で一報入れることも可能でしょう?」
思ったより寛容な対応を見せている珠菊さんが問いただしているのを見る感じ、相当賭井は遅れていたらしい。
「あの~どれくらい遅れたんですか?」
賭井が答える前に私が恐る恐る質問すると、冷たい声で「二日です」と返ってきた。
「ふ、二日ぁ!?」
驚きながらも「遅れすぎだろ」という呆れた目線を当人に送ると、まるで反省していないように両手を上げて「何で怒られてるの?」と言わんばかりの表情をこちらに向けていた。
―――こいつ馬鹿の度合いが超次元だな。こいつの話を聞いてたら私も馬鹿になりそうだ。
「二日間薬無しでご令嬢は大丈夫だったんですか?」
賭井と珠季さんの会話が無駄だと判断した私が、完全に割って入って別の話題の質問をすると今度は温かみのある優しい声が返ってきた。
「たまに天候不良などで一日薬が飲めないというのは経験したことがありましたが、二日は初めてです。今のところまだ体調不良などは出ていませんが……」
と言いながら珠菊さんは、奥のこのお屋敷に似合わない異質な洋風の部屋の方に不安そうな目線を送っていた。
「もしかしてあっちにご令嬢がいらっしゃるんですか? 良ければ会わせてもらえませんか?」
「えぇ、今のところは大丈夫ですが、ここで大人たちが険悪な雰囲気になっているのを悟られたくないので、部屋の中からあの子を出さないようにしてください」
面会の許可を得た私は、場にいた使用人っぽい着物を着ているこのお屋敷の人間らしき人々からの不審がる痛い目線を浴びながら、奥の部屋へと歩いて行った。
ちなみに賭井は必要ないと思ったので玄関に残して珠季さんとの会話を再開させておいた。
私ができる限りの甘い声で、
「お嬢さんはいらっしゃいますかぁ~?」
と言いながら扉を開くと、可憐で綺麗な着物を着た少女……ではなく真っ白なモップと見間違えるほどすさまじい毛量の大型犬が私の腹に飛び込んできた。
「ぐぉっ!?」
「こら福丸! ダメでしょお客様にぶつかっちゃ!」
私が福丸という大型犬に吹き飛ばされてすぐに、部屋の奥の方から白い綺麗な着物を着て、長い黒髪に赤いリボンを付けた少女が走ってきて大型犬を捕まえるとすぐに深く頭を下げながら、
「ごめんなさい、福丸がぶつかっちゃって……あっ! 申し遅れました私、鈴城雛菊と申します」
となんともお行儀の良い挨拶をしてくれた。
見たところ小学校低学年くらいの女の子がここまで礼儀正しい挨拶ができることに驚いていたが、それと同時に賭井の評価が私の中で幼稚園児以下にまで下がったことを確信した。
「あぁ挨拶ありがとうね。私は三日月みかん、探偵だよ! あっそうそう、雛菊ちゃん体調は大丈夫?」
「はい! 元気です!」
「良かったぁ。じゃあ一つ聞きたいんだけど、薬がどこに行ったか分かる?」
私は物を無くしたとき意外と子供が手掛かりを持っているものだと考え、真っ先にこの質問をした。
「うーん。ごめんなさい。わからないです」
「そっかぁ、教えてくれてありがとうね。……そういえば薬を二日間飲んでないって聞いたけど、何日くらい飲まなくても大丈夫とかわかるかな?」
一応探偵として調査するにはタイムリミットがどれくらいの長さなのか知っておく必要があるが、子供の口から詳細な回答は期待していなかった私は雛菊ちゃんの
「お医者さんは『三日以上開けると良くない』って言ってました!」
という発言から導き出されたタイムリミットが一日しかないことに驚いていた。
まさか二日経っても見つからなかったものを、一日以内に探すことになるとは思ってもいなかった。というかもう絶望していた。
なぜなら私はどこぞの名探偵のように、様々な出来事や物が一本の線につながるほどの頭脳は持ってないし、奇跡的に飛躍した考えが頭に浮かんでくるほど頭もよくない。
平凡な頭脳の平凡探偵なのだから!
お読み頂きありがとうございます!
続きが気になったり、面白いかも、と少しでも感じられた方はよろしければ
ブックマークと↓の評価をお願いします!
皆様の反応が励みになります!
どうか応援のほどよろしくお願いします!