風通しの良い探偵事務所
素晴らしい目覚めだ。地平線の向こうから差し込む朝日の陽を浴びて光合成をするように、山の頂上に置かれた無機質なコンクリートのベッドに横になったまま体を伸ばす。でもシャイな朝日ちゃんは恥ずかしがってすぐに雲の裏に隠れてしまう。
「良い朝だな。陽の光で目を覚ませるなんて最高……ん? 水滴が顔に落ちてきたぞ? 朝露ってやつか」
朝露は主に秋ごろ、朝方になると葉の上などに発生する露の事であり、地べたに寝転んでいたりすると顔に落ちてくることがある。
陽の光で目覚め始めた顔に落ちてきた水滴を、両手で顔中に広げ完全な目覚めを図ろうとしたとき、顔に落ちてくる水滴の数がだんだんと増えていることに気が付いた。
「朝露ちゃんちょっと勢いが強くないか……っておい、これ朝露じゃなくて雨じゃないか! よく考えたらまだ夏だし、そもそも私が寝てるこのコンクリベッドの上に葉っぱも植物もないじゃないか!」
コンクリベッドから飛び起きて、山を駆け降りながら雨宿りのできる場所が無いかと辺りを見回していると、この山の麓に安っぽい白の軽自動車と、その脇に傘を差して立っている女性の存在に気が付いた。
私は山を下りきるとすぐに軽自動車の方へ走り、後部座席に乗り込んだ。
額を流れる水滴をぬぐって「ふう……助かったぁ。危うく朝からずぶ濡れになるところだったぜ」と呟きながら背もたれに腰掛けようとすると後部座席の扉が勢いよく開き、車の脇に立っていた女性が怒号をぶつけてきた。
「あの! 勝手に乗らないでもらえますか!」
「何だよ、どうせ依頼しに来たんだろ? こんな天気だし雨宿りできる場所で話したほうがいいだろ」
「あなたが私の目的の人物かどうかまだ確定していないんです! なのに勝手に車に乗るなんて……しかもずぶ濡れ……」
「ここに来て私以外に用がある奴なんていないんだよ。ここに私以外の人間いなかったろ?」
私のもとに訪れる人物は一人を除いてみんな同じ理由を持っている。私に依頼をしに来ているのだ。だから依頼内容についてちゃんと会話をする必要があり、場所もちゃんと確保するべきである。
「ということで私はお前の目的の人物だ。よしお前が私をこの車から降ろす理由はなくなったな。非人道的なことでもしない限りな」
私がこの車の後部座席に居座る理由を説明して余裕の表情を浮かべていると、傘を差している人物――茶色の長髪の女性は私の腕を掴み、車の外に向かって力を入れ始めた。
―――嘘だろ、ほんとに非人道的なことする奴がいるのか。
「わっ、ちょっと待ってくれ! お前は探偵である私に依頼しに来たんだろ! ちゃんと私の職業は探偵だし、名前も三日月みかんだよ! 本物だから下ろさないでぇ!」
私が半泣きで必死に本物であることを伝えると、傘を差している女性は私の腕を掴んでいた手を緩めてくれた。
「こっちの目的が分かってたなら乗る前に一言言ってくださいよ。こっちはここにたどり着くまでに何回も迷ったんですから」
外にいる女性は傘を閉じ、運転席に座りすぐに車を走らせ、私にこれまでの苦労を話し始めた。
さっき私が寝ていたコンクリートのベッドを頂上に据える宝の山は、もともと兎無山っていう大きな山の頂上にあったゴミ集積場を自分の探偵事務所として私一人で改造したものである。まぁコンクリのベッドを見つけてそれをゴミ山の頂上に運んだだけだけど。
しかしあの探偵事務所は兎無山の麓の大きな町からは距離はあるが一本道をまっすぐ走ればたどり着ける。だからなぜ迷ったのか、町にたどり着くまで運転してる女性の話を無視して考えていた。
そしてこいつが馬鹿だからだという答えにたどり着いた。
「そういえばどうして、粗大ごみの山……じゃなくて探偵事務所をこの兎無山の頂上に作ったんですか? 服装も綺麗な白色のTシャツとデニムのズボンでそんなにお金に困っている感じはしませんけど」
町にたどり着きガソリンスタンドでガソリンを入れている待ち時間、私はこいつの質問に答えていた。
「金は稼ぐことはできても信頼は稼げなかったんだな。色々あって誰も協力してくれないから、家具も建材も持ってこれなかった。おまけに私は免許持ってないし車も持ってないからな。」
「信頼を稼ぐって何ですか? 信頼を稼ぐ方法なんてあったんですか?」
「あー、言葉の綾、いや、そうそう稼げるんだよ。私はそれを稼ぐのが苦手なんだ」
「えー知らなかったです! 勉強になります!」
―――そんなのあるわけないだろ。私の住んでるところと私生活の様子が一般人には合わないってだけだ。
この後ガソリン代を払う時に名前を知ったが、この依頼者の女、賭井ノルカはやっぱり馬鹿だ。
まさか一依頼者であるこいつとこれからずっとやっていくことなるなんてこの時の私は知る由もなかった。
知ってたらこの時、あの風通しの良い探偵事務所に戻ってただろうが、そんなことを知る筈もない私はズボンのポケットに右手を突っ込み、サイコロを無意識に触りながらこいつとしゃべり続けていた。
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