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私を愛してくれる人  作者: 櫻井


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2/7

1.

 オリヴィアとエドワードの婚約解消は恙無く行われた。


 多少アレコレはあったようだが、事は終わったと告げる父マーティンの渋い顔ながら口元が悪人ぽく歪む様を見て、まぁまぁな落とし所で話はついたと察した次第である。


 娘の婚約をまとめるのは、一般的に母親の仕事だ。エドワードとの婚約をまとめたオリヴィアの母親は、トレードショーでの話を聞いて怒り狂い、既に嫁いでいる姉のフィオナとともにもっと財産のある男性を探すと息巻いて逆にオリヴィアに二人とも少し落ち着いてと宥められていた。


 感情論が苦手で、自身の感情すら時折見失うオリヴィアは、今回の出来事もどこか他人事でマイペース。普段と変わらなすぎる彼女に周囲の方が気を揉むという状況に陥っていた。日ごろ口煩い兄ですら小言を封印し、出先で菓子を見繕っては「オリヴィアに」と、渡すほどである。


 そんな柔らかな羽毛で包まれるような労りの日々を過ごしていたある日の夕餉。オリヴィアは、散歩に出かけた公園で白鳥を見かけたことを家族に話した。


「――それでね。いろいろ考えたのだけど、ワンシーズンスキップしようと思うの」


 和やかな雰囲気ですすむ夕食のさなか、突如として放り込まれたオリヴィアの言葉に両親と兄の目が丸まり時が止まる。


「そ……れは、どういうことかしら?」


 母は強し。いち早く我に返ったのは母親であるソフィアだった。次に「オリヴィアはいつも脈絡がない」と、兄であるリチャードが呟く。五歳差を物ともせず喧嘩になると本気で言い合う二人は、リチャードが大人げないのかオリヴィアの口が達者すぎるのか。両親の悩みのタネでもあるココも通常運転である。


「ソーシャルシーズンの幕開けとともに、こんなことになってしまったでしょう?」


 相手方の不貞による不慮の事故ではあるが、渦中の人であることは変わりない。オリヴィアもエドワードも継嗣(エルデスト)でない為、話題性は少なく注目度も低いがパーティーに参加するとなればそれなりに(・・・・・)人目を集めることになるだろう。

 しかし、この一件は、ワンシーズンおとなしくしていれば風化して忘れ去られるような話だとオリヴィアは考えている。旬を過ぎれば記憶の彼方だ。

 その一年すら気にして母や姉は焦っているが、今季スキップして次のザ・シーズンに仕切り直したほうが色々芽があると判断しての結論だった。


「だから、今季はお休みしようと思うの」


 カトラリーを扱うオリヴィアの所作は美しい。


「お休み?」


 逆に娘の心が見えないソフィアは、慎重に尋ねた。自分の娘がゆえに、経験則から次の言葉の中にどんな飛び道具が紛れ込んでいるか分からないと理解しているからだ。それは父であるマーティンも同じで、次に娘が何を言い出すのかと黙って彼女の言葉を待つ。


「ええ。この屋敷を出ようと思ってる」


 再び、食卓の時は止まった。




 ◇




 とある夜更けの夫婦の寝室。


「しばらく静かだな。と、思うとトンデモナイものを出して来るのは、どうしてなんだろうな」

「ええ、本当に……。誰に似たのかしら」


二人の脳裏に、ドレスの裾を優雅に翻して歩く背筋がまっすぐ伸びた女性が浮かんだ。

彼女は、家族の中で無言制圧最終形態と呼ばれている。


「母さんだな」

「ええ、お義母様ね」


 並んでベッドに身を横たえ、天蓋に刺繍で描かれた美しい模様を眺めながら夫婦は、ただただ末娘の行く末を案じるのであった。




 ◇




 オリヴィアは、王都の町屋敷を去って領地に戻ると田舎屋敷には帰らずコーレットという町で暮らし始めた。


 コーレットはワレア湖へ突き出た半島にある町で、農業中心の湖岸地域にあって商業的な漁業が盛んな土地だ。加えて、食品製造、醸造など農産物の加工産業も発展していて、水運を活用した物流と相性が良く活気ある町となっている。


 彼女が一人暮らしに選んだのは、この地方でライムストーンと呼ばれる小さな集合住宅(アパートメント)だ。石灰岩(ライムストーン)を用いて作らている為、この呼び名になったという。

 ストゥープと呼ばれる階段のついた入り口があるのが特徴で、大体は四、五階建て。暖炉は勿論、裏庭もあることが多い。


 オリヴィアのライムストーンは、四階建てで裏庭もある。まだまだ一般的ではないが、最近普及し始めた瓦斯というものを取り込んだ改築も済んでいる。

市場へ続くメインストリート沿いという立地も気に入った点で、通り沿いは商店街にもなっていて日常的な買い物や食事に非常に便利だ。


 朝の散歩と市場に出掛け、美味しいバターやチーズ、新鮮なフルーツを買い、早起きのブーランジェリーやパティスリーで焼きたてのバゲットを買ってきて朝食と洒落込むことも出来る。彼女としてはまだ見ぬ未来に胸躍らせたのだが、オリヴィアが選んだ物件を知った両親と兄は、雷鳴轟くとばかりに大騒ぎとなった。


 貴族の家に生まれたとしてもオリヴィアは継嗣でもない女性、身分は平民となるため平民相当の暮らしを身につけるのは間違ってはいない。しかし、「まだ早いのではないか」とか「やはりエドワード・ゴーセンスは始末すべき」とか血の繋がりを強く感じさせる肉親の発言に、彼女は苦笑いしつつ「せっかくの空白期、アッパークラスからミドルクラスへとダウングレードする未来が確定している以上、形だけにはなるが平民の生活というものの予行練習をこの時期に済ませてしまいたい」と真摯に説得し許しを得たのだ。

「せめて守衛がいる集合住宅(コンドミニアム)にしないか?」という父の嘆きについては、サラッと無視した。

 結果、何故か兄が手を回しオリヴィアのライムストーンからほど近い場所に一軒家(デタッチハウス)を建設中である。


 兄曰く、「別にお前のために建てているわけではない」そうだが、外装から何からオリヴィアの理想を聞いてからの着工なのでさもありなん。

 出来上がった頃には、次のシーズンが始まってそうだとくすぐったい気持ちに笑みがもれるオリヴィアであった。




母は、通いのハウスメイドを手配しています。

茶は淹れれても料理洗濯は無理だろ……という母の愛()

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