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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

文学系

ガブリエル

作者: 七宝

 ここは通学路にある商店街。

 昨日できた大きな水溜まりには今日の快晴がびかびかと反照(はんしょう)しています。

 たろうは今日から1年生です。そんな彼を、上からも下からも太陽が祝福してくれているのです。なんていい日なのでしょう。


「おはよう、たろうくん」


「パン屋のおじさん、おはよーございます」


「おぅたろう! 制服姿、カッコイイじゃねーか!」


「魚屋のおじさん、ありがとーございます」


 たろうはみんなに好かれています。だからたろうは優しいのです。だからたろうは元気で健康なのです。


 たろうはワクワクしていました。1年生になると小人が貰えるからです。それは学校で担任の先生から1人1人に配られるのですが、たろうはそれがとても楽しみなのです。


 学校に着くと、たろうは1年4組の教室へ向かいました。昨日の入学式でクラスが発表されていたのです。

 教室には知った顔が数名いました。幼なじみのゆみかちゃんに、かーくんに、みっちゃんです。


 鐘が鳴ります。登校して、着席していなければならないチャイムですが、2列目の、前から5番目の席と、3列目の1番前の席と、6列目の2番目と5番目の席が空いています。


 チャイムと同時に、前の入り口から大人の女性が入ってきました。長い黒髪を後ろで束ねた、赤縁(あかぶち)眼鏡の若い女性です。その無表情の顔を見て、なんだかロボットみたいな人だなとたろうは思いました。


「おはようございます。みなさんの担任をさせていただく〈大人(おとな)〉と申します。今年1年、どうかよろしくお願いいたします」


 そう言って深々と頭を下げると名簿を取り出し、右前の席から順に名前を呼び始めました。あいうえお順に並んでいるのです。


「あいやま かずきさん」


「はい」


「あおい ゆずはさん」


「はい」


「いしだ たくみさん」


「はい」


「おだ けんいちさん」


「はい」


「かとう ばいきんまんさん」


「はい」


「きむら きょうこさん」


「はい」


 2列目も先頭から順に続きます。


「こじま かのんさん」


「はい」


「こじま けいごさん」


「はい」


「さいとう ゆかりさん」


「はい」


「さとう ゆめさん」


「はい」


「えー、すだ しょうたろうさん」


「はい⋯⋯あの、先生」


 しょうたろうくんは返事をしたあと、手を挙げました。


「どうしました?」


「前の子はお休みですか?」


「ああ、説明していませんでしたね。今日来ていない4名は欠席ではなく、入学辞退です。それでは次、たてやま あきらさん」


「はい」


 その後全員の出席を確認すると、先生は「少し待っていてください」と言って職員室へ行きました。

 全員静かに待っています。おててを膝の上に乗せて、じっとしています。


「お待たせしました。それでは番号順に取りに来てください」


 いよいよ小人の配布です。

 出席番号1番のかーくんから、教卓で小さな箱を受け取ります。


「いいですかみなさん、お家以外では絶対に箱を開けないでくださいね。自分以外の人に小人を見られたら最後、こわ〜いおばけに連れていかれちゃいますからね」


 そんなことを言いながら先生は生徒たちに小人を配ります。

 数分後、ついにたろうの番がやってきたので、先生のもとへ取りに行きました。縦長のその箱はずっしり重く、間違いなく中に生き物が入っていると感じられました。


「はい、全員に配り終わりました。それでは少しだけ蓋をずらして、隙間から中を確認してください」


 たろうもみんなも、蓋を動かして隙間を作ると、光が入りやすい角度を探して箱を(かたむ)け始めました。

 うっすら顔のようなものが見えます。たろうはその顔をどこかで見たような気がしたのですが、思い出せませんでした。しばらく見ていたたろうでしたが、最後まで小人と目が合うことはありませんでした。


「みなさん、今日の授業はこれで終わりです。これから毎日小人を持ってきてくださいね。それではさようなら」


 校門で全員真逆の帰り道の幼なじみの子たちに手を振ると、たろうは歩き始めました。


「楽しみだなあ」


 早く家に帰って箱を開けたいので、早足で歩きます。


「たろうくん、なんだか嬉しそうだね。いいことでもあったのかい?」


 肉屋のおじさんが声をかけます。今日も商店街は盛況です。


「とても楽しみなことがあるのです」


「やぁたろうくん、今日も元気だね」


 ガム屋のおばさんも声をかけます。特に話題がなくても、可愛いたろうに声をかけたいのです。


「元気です!」


 たろうは律儀に答えます。

 そんな時でした。


「たろうくん、危ない!」


 パンツ屋のおじさんの声に振り返ろうとした瞬間何かがぶつかり、体に衝撃が走りました。その拍子にたろうは箱を落としてしまいました。


「ああー! 小人がぁ!」


「ははは、ざまぁみろ!」


 小人の心配をするたろうを嘲笑うのは、同じクラスのたくみくんです。助走をつけてタックルしてきたのです。


「お前の小人なんか、こうだ!」


 そう言って箱を踏みつけるたくみくん。パンツ屋のおじさんが血相を変えて走ってきました。たろうはぐしゃぐしゃになった箱を抱えて泣いています。


「こら! なんてことするんだ!」


 パンツ屋のおじさんが怒っています。


「そうだ! たろうくんがかわいそうだ!」


 キャビア屋のおじさんも同調します。


「まあまあ落ち着いて。何かあったのかもしれないし、話を聞こうじゃないの」


 フォアグラ屋のおばさんが2人を諌めます。


「何があった? 喧嘩でもしたのか?」


 アセロラジュース屋のおじさんが優しく聞きました。


「は? こいつがうぜーからだし」


 たくみくんは悪びれることもなく、そう答えました。商店街のみんなに可愛がられているのが気に入らないというのです。


「なら仕方ないな」


「そうね」


「ああ、仕方ない」


 おじさん達はそう言って自分のお店へ戻っていきました。


「良かった、無傷だ⋯⋯」


 小人の無事を確認したたろうがほっとしています。


「ちっ」


 たくみくんは舌打ちをして、たろうのお尻を蹴り抜きました。バランスを崩したたろうはそのまま大きな水溜まりにダイブし、膝を擦りむきました。


「痛たたた⋯⋯」


「ハッ、ざまぁみろ⋯⋯⋯⋯え」


 立ち去ろうとしたたくみくんでしたが、小人を見て様子が変わりました。


「なんだよ、その小人の顔⋯⋯!」


「?」


 彼がなぜ騒いでいるのか、たろうには分かりませんでした。


「もしかして俺のも⋯⋯? そんな、そんな、うあああああああああ!!」


 たくみくんは叫びながら走っていってしまいました。

 たろうは立ち上がると、泥水に濡れた小人を箱に仕舞って家に向かってまた歩きます。涙も止まりました。


「ただいマッキンリー」


「おかえリンカーン」


 お母さんに挨拶をし、お風呂へ向かいます。水溜まりで汚れた体を洗うのです。


「ふう、災難だったなぁ。それにしてもたくみくん、どうしてあんなふうになっちゃったんだろう⋯⋯」


 おヘソをぐりぐり洗いながら考えました。


「まあ、そういう子なんだろう」


 たろうはそう結論付け、お風呂を出ました。


 自室に鍵をかけ、箱を開けます。小人をウェットティッシュでふきふきし、机に立たせてあげました。


「さっきはごめんね⋯⋯」


 いきなりタックルをされたとはいえ、手を離してしまったことに責任を感じていたのです。


「気にしないで。それより、助けてくれてありがとう」


「小人さん⋯⋯」


 それから2人はいろんな話をしました。優しい2人は気が合うようで、どんどん仲良くなっていきました。


「それにしても、なんであの時たくみくん⋯⋯あっ」


 たろうはふと先生の言葉を思い出しました。


〈自分以外の人に小人を見られたら最後、こわ〜いおばけに連れていかれちゃいますからね〉


「どうしよう⋯⋯」


 たろうが頭を抱えていると、小人が優しく頭を撫でました。


「おばけなんて迷信だよ。大丈夫」


「そう、かな⋯⋯?」


「うん、だって見たことないもん!」


「そっか⋯⋯そうだよね! ありがとー小人さん!」


「良かった良かった」


「それにしても、ずっと小人さんって呼ぶのもアレだよね。何かいい名前ないかな⋯⋯」


「ああ、それじゃあ〈たろう〉って呼んでくれる?」


「分かった! よろしくね、たろうくん!」


「こちらこそ、よろしく!」


 こうして2人の1日は終わりました。

 が、たろうは布団の中で考えていました。


(やっぱりおばけ、怖いや⋯⋯)


 でも、いつの間にか眠っていました。


 翌日、学校に行くとたくみくんが欠席でした。たろうは(もしや、見た方がおばけに⋯⋯?)と怖くなりましたが、先生には聞けませんでした。自分の小人が原因かもしれないと思うと、なんだか言いにくかったのです。


 次の日も、その次の日もたくみくんは来ませんでした。


 ある日、かーくんが小人を持たずに登校してきました。たろうが訊くと「あ、忘れた」と言い、先生にも「忘れました」と言っていました。忘れたのならしょうがないですね。


 その帰り道、たろうは大変なものを見ました。商店街の大人たちが、ある1人の女性を寄って集って暴行しているのです。


「どうしたんですか」とたろうが訊くと、マイクロビキニ屋のおじさんが「どうもしてないよ」と答えました。ニコニコしているようだったので、おじさんたちが正しいのだなとたろうは安心しました。


 おじさんたちに押さえつけられている女性の周りには、変な形の水溜まりみたいなものがたくさんできていて、きれいに空を反射していました。


 たろうは感動していました。あんなにきれいな水溜りを見たのは初めてだったからです。この街の水溜まりといえば、必ず泥が混じって真っ黒になっていて、晴れた日に見ても「キラキラしてるなあ」ぐらいにしか思わないのです。


「これを売りに来ただけなのにい!」


 女性はそんなようなことを叫んでは蹴られていました。頭の良いたろうは彼女を詐欺師だと思いました。ものを売りに来てここまで暴行を受けるということは、なんらかの悪意を持ち込んだに違いないからです。


 翌朝、たろうが童貞を殺すセーター屋のおじさんにこっそり(たず)ねてみたところ、やはりあの女は詐欺師だったとのことでした。さすがたろうです。頭が良いです。ヘッドがグッドです。


 そして、かーくんがまた小人を忘れました。先生は激怒しましたが、確かにかーくんは昔から抜けているところがあるので、2日連続でも仕方ないな、とたろうは思いました。


 たくみくんはまだ来ません。


「ただいマーシー」


「おかえリリーフランキー」


 たろうのお母さんは相変わらずニコニコしています。優しいお母さんです。いつも両手に包丁を持っています。

 お父さんはずっといません。海外へ行ってから優しくなくなってしまったので、もう街へは帰って来られないのです。


 次の日もかーくんが小人を忘れてしまいました。先生は爆怒(ばくど)(激怒の次、マクドと同じ発音)していましたが、確かにかーくんは昔からそそっかしいから、そういうこともあるよね、とたろうは思いました。


 放課後、たろうはノートを買うために普段とは別の道から帰ることにしました。途中までは幼なじみのゆみかちゃんと一緒です。


「ゆみかちゃん、最近小人とはどう?」


「これといって話すこともないから、ほとんど箱に仕舞いっぱなしかな」


「僕は毎日話しているよ」


「ほーん、あっそ」


 たろうはドキドキしていました。優しいゆみかちゃんが大好きなのです。久しぶりに2人きりになれたのが嬉しくてたまらないのです。


「お〜い」


 向こうの方で50代くらいのおじさんが呼んでいます。後ろを振り向きますが、誰もいません。


「僕たちですか」


 たろうが訊くと、おじさんはゆみかちゃんを指さして「そっちの女だ」と言いました。


「私に何か用かね?」


 ゆみかちゃんがそう言うと、おじさんは「スピー」と言って立ったまま寝てしまいました。


「変だねこの人」


「そうやな。顔も真っ赤だしな」


 2人が話していると、おじさんは目を覚まして道端に少量のゲボを吐くと、話し始めました。


「ネェちゃん良いカラダしてんじゃねぇの」


「そうか? それは光栄だ」


「なぁどうだ? 今夜俺と、1発大人の遊びをしねぇか? ヒック」


「ヒック?」


「悪ぃな、ちょっと酔っ払ってんだ」


「よっぱらってる?」


「ああ、酔っ払ってるんだ」


 たろうは2人の会話がよく分かりませんでした。


「ゆみかちゃん、よっぱらってるって何?」


「私も分からん」


 ゆみかちゃんも分かっていなかったようです。


「なんだお前ら、アホなのか?」


「それはこっちのセリフですよ。白昼堂々ゆみかちゃんになんてこと言ってるんですか。警察呼びますよ」


 たろうは走る準備をしました。


「まあまあ落ち着け、ヘンな意味じゃねぇよ」


「ヘンな意味しかないでしょ。じゃあなんなんですか大人の遊びって」


「それはだなぁ⋯⋯⋯⋯そうだ、パチンコのことだ!」


「パチンコ?」


「パチンコ?」


 2人は首を傾げました。


「パチンコを知らねぇのか!? パチンコってのはな、銀色の玉を飛ばす楽し〜い遊びなんだぞ」


「ぎん色?」


「どんな色?」


 また首を傾げました。


「こりゃ夢か? なんなんだお前ら」


「こっちのセリフですよ。なんですかぎん色って」


「銀は銀だよ、鉄とか鏡みたいな」


「てつ? かがみ?」


「でな、最近のパチンコは凄くてな、画面が3Dなんだよ!」


「がめん? すりーでぃー?」


「もういいよ! バカタレどもが!」


 おじさんはそう怒鳴って帰ってしまいました。


「全て知らない言葉だったね⋯⋯」


「外国の人なのかな」


 2人は顔を見合せて、文房具屋に入りました。


「へいらっしゃいらっしゃーい! 安いよ安いよー!」


 たろうは10冊200ピクニックのノートを手に取ると、レジへ向かいました。


「これください」


「あいよ!」


 200ピクニックを手渡して、ノートを受け取りました。買い物が終わったので、ゆみかちゃんと別れて帰ります。


「ただいマカラスシャカシャカチャッチャッチャッ」


「おかえり〜」


 たろうはまた自室で小人と雑談タイムです。


「たろうくん、いつも裸で寒くないの?」


 小人が服を着ていないことが今更気になりだしたようです。


「普通に寒いよ」


「あ、そうなんだ!?」


 ちんちんもタマタマもずっとしょぼくれていたので、寒いという答えが返ってくるとは思っていなかったのです。


「じゃ、おやすみ」


「おやすみ」


 たろうは夢を見ました。学校帰りに会ったあのおじさんの夢です。足もとにいた蟻を拾い上げて見てみると、あのおじさんの顔だったのです。おじさんは蟻になったんだな、とたろうは思いました。


 次の日学校に行くと、またかーくんが小人を忘れたと言って、ついに先生が「取ってきなさい」と言いました。かーくんは下を向いて固まってしまいました。

 たろうは不思議でした。家に忘れただけなら取りに行けばいいのに、どうしたんだろう。そう思っていました。


「あいやま かずきさん。本当のことを話してください」


 先生が優しく諭します。


「うぅっ、うぅ⋯⋯」


 すると、かーくんは泣き始めました。たろうは困惑していました。かーくんは確かに家に忘れたと言っていたはずです。しかし、取りに行けないと言い、本当のことを話してと言われて泣く⋯⋯パニックです。


「実は⋯⋯」


 最初に忘れたと申告した日の前日、かーくんは小人と喧嘩になり、衝動的にトイレに流してしまったそうなのです。つまり、先程までかーくんは先生に事実とは異なる説明をしていたということになります。


「よく話してくれました。泣かなくていいんですよ、かずきさん。小人は死んでもいい生き物です。気に病むことはありませんからね」


 先生は何度もそう声を掛けていて、たろうは「優しい人だなあ」と思いました。


 翌日、たくみくんが登校してきました。でも、前までとは様子が違うようでした。口がなくなっていて、両手の指も全部なくなっていて、ずっと泣いていました。なんだかかわいそうだなあ、とたろうは思いました。


 たくみくんに気を取られていたたろうでしたが、教室を見渡すと、机に箱がない子がかーくんのほかに3人いることに気が付きました。忘れたのでしょうか。


 出勤してきた先生が3人に小人はどうしたのかと訊ねると、3人とも「殺した」と答えました。なんでも、昨日先生が小人は死んでもよい生き物だと言ったから殺したのだそうです。


 1人は手足をちぎって、胴体は潰してゴミ箱に捨てたと言い、1人は網で焼いて食べたと言い、もう1人は「どうだったか忘れた」と言いました。

 たろうは「ひどいなぁ」と思いました。


 次の日は、小人を捨てたという子がいました。毎日持ってくるのが面倒だったから街のゴミ箱に捨てたのだそうです。

 たろうは「ひどいなぁ」と思いました。


 半年が経とうとした頃、わたなべくんが病気で死んでしまいました。それからずっと、彼の机には小人の箱が置かれたままになっています。


 それから立て続けに、2人亡くなってしまいました。1人は屋上からの転落死、もう1人は家で首を吊っていたそうです。


 2人の机にも箱が置かれています。


 たろうはなんだかムズムズするなぁ、と思っていました。最初はみんなそれぞれ箱を持っていて机の上に置いていたのに、今では小人を殺してしまって机の上は何もなしだとか、本人が死んでしまって机の上に箱だけだとか、バラバラなのが気になるのです。


 たろうはそのことを商店街のみんなに相談しました。すると、いろんな人が答えてくれました。


 ヌーブラ屋のおじさんは「全員小人を殺せばいい」と言い、ニップレス屋のおねえさんは「全員死ねばいい」と言い、ねるねるねるね屋のおばあさんは「死んだ子と小人を全員生き返らせればいい」と言いました。

 たろうは「やっぱり人生の先輩方のお話は参考になるなあ」と感動して泣きながら帰宅しました。


「ただいマイケル・J・フォックス」


「おかえリヒャルト・Z・クル⋯⋯たろう! どうして泣いてるの!?」


「えっ⋯⋯あれ、なんでだろう」


 たろうはなぜ泣いているのか忘れていました。


「なんでか分からないのに泣いちゃうっていうのはね、うつ病の症状だよあんた! なに勝手にビョーキになってんだよ! あたしに迷惑かけんじゃねーよ! 病院とか連れてってやらんからな! 勝手に自分で行って自分の稼ぎで支払ってこいよクソが!」


「あ、思い出した。商店街でかくかくしかじかだったんだ」


「あら、そう」


「⋯⋯!?」


 たろうは一瞬真顔になったお母さんを見て、既視感を覚えました。年中満面の笑みでニコニコしているので、真顔は本当にレアなのですが、この顔をしょっちゅう見ている気がするのです。


「まあいいや」


 たろうは自室に入り、箱を開けました。


「たろうくん、今日もお疲れさま!」


「たろうくんこそずっと箱の中で⋯⋯ハッ!」


 たろうは小人の顔を見てはっとしました。お母さんの真顔の既視感はこの小人だったのです。もちろん同じ顔ではありませんが、似ている気がするのです。


 たろうはすぐに部屋を飛び出しました。


「母さん、真顔見せて!」


「なによ〜藪から棒に()な望みを(われ)に⋯⋯」


「いいから真顔! 見せてよ!」


「ダメよ」


「見せてよ!」


「ダメ。お母さんの真顔は最大の秘部なのよ」


「そこをなんとか!」


「変態認定するわよ」


「⋯⋯⋯⋯」


 母親の秘部を見たいと懇願する変態と認定されるのはゴメンだと思ったたろうは素直に引きました。


 思い返せば、この街の大人はほとんどの人がニコニコしていて、商店街のみんなの真顔もたろうは見たことがありません。ロープ屋のおばさんも、練炭屋のおじさんも、毒屋のおじさんも、みんなみんな満面の笑みで過ごしています。


 僕も大人になったらこうなるのだろうか、とたろうがしょんぼりしていると、小人が声をかけました。


「しりとりしようよ」


「⋯⋯うん」


 たろうを元気づけようとしてくれているのです。


「じゃあ言い出しっぺの僕からね、しりとりの、尻!」


「リンカーン!」


「たろうくんの負けー! 楽しいね!」


「うん! 楽しいね!」


「じゃあ次! りんご!」


「ゴブリン!」


「ンって言ったー!」


「負けちゃった〜!」


「あはははは!」


「モヒヒヒヒ!」


 2人はそのまま朝まで寝ずにしりとりを続けました。


 なんやかんやあって、1年生最後の日になりました。明日から春休みとあって、皆ウキウキ気分でおしりでぴょんぴょんしています。


 クラスメイト全員が椅子の上でぴょんぴょん跳ねる中、先生が言いました。


「みなさんおはようございます。それでは⬛︎⬛︎⬛︎を行いますので、小人を回収します」


 たろうは先生の言葉を聞き取れませんでした。


「今いる人だけでいいので、順番に前に持ってきてください」


 亡くなった子の机の箱はそのままだそうです。たろうは箱を持って先生のところへ行きました。小人を持っていない子はそのまま席でじっとしています。


 先生は小人が全て入ったカゴを持って、職員室へ行ってくると言って教室を出ました。


「なぁ、先生さっきなんて言ってた?」


「聞き取れなかった」


「なんか、あの言葉のところだけ耳が聞こえなくなった感じがして」


「オレもそう!」


「私も!」


「ワイも!」


「俺氏も!」


 全員聞こえていなかったようです。


 数分後、先生が戻ってきました。


「確かに、確かに小人を回収いたしました。これから1週間、春休みに入りますが、小人のことは忘れて過ごしてください。万が一忘れられなかったとしても1週間小人に触れていなければ、小人に関する記憶がなくなるようになっているので安心してくださいね。それでは、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」


 先生はそう言うと、教卓の下からラッパを取り出して吹きました。

 すると、教室に残っていたいくつかの箱がガタガタと動き出し⋯⋯たかと思えば、中の小人がムクっと顔を出しました。


 教室内が騒然としました。彼らの顔が、亡くなった持ち主たちと瓜二つだったからです。

 小人はどんどん大きくなり、箱を破り、みるみるうちに人間の大きさになりました。


「あれ、僕、病気で死んだはずじゃ⋯⋯!」


「私も、飛び降りたのに!?」


 みんな訳も分からずパニックになっています。


 先生がパン、と手を叩くと教室は静かになり、注目が集まりました。


「おかえりなさい。それではみなさん。今年1年、お疲れ様でした。今日はこれで解散です」


 そう言って先生は教室を出ていきました。

 特に会話することもなかったたろうたちも解散し、各々家に帰りました。


結局。たろうとたろうの。目が合うことは。最後まで。一度も。ありません、でした。


 1週間後、たろうはワクワクしていました。1年の最初の日には小人を配られることになっているからです。


 商店街にいるマイクロビキニを着た小太りのマイクロビキニ屋のおじさんや、フォアグラを頭に乗せて将棋の駒をボリボリ食べているフォアグラ将棋屋のおねえさん、立ちションをしている不審者など、皆元気で良い朝です。優しい街ですね。


 たろうは学校に行きませんでした。


 さっきまでワクワクしていたのに、なんだか急に行きたくなくなってしまったのです。


 商店街の近くの公園のベンチに座っていると、腕に1匹の蟻が登ってきました。指で潰すと赤い血がダラダラと、ダラダラと、無尽蔵に流れました。


 たろうは、誰も座っていない自分の席を思い浮かべ、笑いました。


 走って、走って、街を出ました。


 たろうは今日学校に行きませんでした。

 これからも行きません。


 足から血が出ても走り続け、浜へ出ました。


「おっきな水溜まりだ⋯⋯」


 たろうはそう呟いて、海へと入っていきました。


 おしまい。

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[良い点] はじめまして。 お邪魔します。 面白すぎてビチャビチャになりました。 伝えたい感想で溢れていますが、夜が怖いのでさっさとおうちに帰ります。 感動をありがとうございました、僕は笑顔です。
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