わたし、大丈夫ですから
美形ではなくても、顔や髪、服装やメイクに特徴があると目立ってしまう。
人よりも背丈が高いとか小さくても目立つ。
人よりも太っているとか痩せぎすでも、目立とうとしなくてもなんとなく目立ってしまうものだ。
十人並みの容姿、平均的な身長と体躯で、焦げ茶色の髪と瞳までは良かったのだけれど、思春期から胸の発育が良過ぎて困ってしまった。
そこは晒しを巻いて隠すようにしてきた。
巨乳とまではいかないけれど、大きめではある。
学園時代も制服の胸元が目立たないように苦心してきた。
何かと他人と競いたがる人に目をつけられると本当に厄介だからだ。
普段は誤魔化せても、水泳や宿泊を伴う課外授業などで、服を脱いだり風呂に入る際にはどうしても目ざとい人に見つかり、そこからマウントを受けることがあって辟易する。
胸の大きさなんて競ってどうするのか。
胸なんか、そこそこありさえすればいいのに。
大き過ぎると肩が凝るし、太って見えてしまったり、垂れないようにケアするのも大変だ。
着る服も神経使って選らばないとならないから億劫だ。
これ見よがしに胸を強調するような、胸にしか注目されないような装いをしたくはない。
粘土のように自在に千切って調節できたら、どんなにいいかと思ってしまう。
貧乳でボリュームが欲しい人に分けてあげたいくらいだ。
1学年上の巨乳を誇る伯爵令嬢から目をつけられて、私が晒しを巻いて隠しているのをしつこくチェックしてくる。
「わたくしよりも胸を大きく見せたらあかんぜよ!」という圧までかけてくる。
彼女に言われなくても、胸のデカさでなんか目立ちたくないから自主的にそうするまでだ。
学園を卒業してからは、侯爵家の侍女として働かさせてもらっている。
一応私も伯爵家の人間だけれど貧乏伯爵家だから、自分の食いぶちは自分でという方針からそうしていた。
ラーナー家にいた時から、母が生きていた頃から侍女同様に働いていた。
学園に通いながら、皿洗いや調理の補助や縫い物の仕事をしに外で働いていた。
散財しつつ遊び歩く異母妹とは違い、夜会にも出ずに毎日をクタクタになるまで働いて過ごしていた。
けれど、義母からの便りで、異母妹が婚約したのでこの機に私は除籍するという内容だった。
私は父にも嫁ぎ先すら見繕ってはもらえなかった。
それは 大方、私の持参金を用意できないからだろう。
父は義母の言いなりだから、期待はしていなかったけれど、 除籍ということは、父は私との親子の縁すら切ったということだ。
こうして私は元伯爵令嬢、平民として生きるしかなくなった。
半地下の侍女部屋に押し込められながら、地道に働くしかない。
「暑い······」
侍女のお仕着せの下にも、ふくよかな胸は相変わらず晒しで巻いている。
冬場は気にならないけれど、夏場の戸外での作業の時はかなり暑い。
まわりに誰もいないのを確認して、お仕着せの前ボタンをふたつ外した。
それだけで若干涼しさが増す。
汗を拭くために眼鏡を外す。太い黒渕の眼鏡は伊達眼鏡だ。そして、焦げ茶色のカツラもメイドキャップごと外した。
干したシーツやタオルが風ではためいている。これなら隠れて見えないだろう。
「はあぁ、やっと涼しくなった」
眼鏡もカツラも自分を目立たなくするためだ。
私の地毛は生まれつきのストロベリーブロンド。異母妹の髪は焦げ茶色だから、義母達はそれが気に入らないのだ。
家でも外出先でも異母妹よりも容姿が目立たなくする必要が常にあったから、習慣的にそうしていた。
除籍ならば、もう隠す必要は無いかもしれない。
この大きめの胸も······。
大量の洗濯物を干し終わって、眼鏡をし、カツラをつけ直そうと思ったところで、ある人物との視線が合った。
「!!」
動揺した私は慌ててカツラを被った。そして外したボタンも手早く元に戻した。
その人は目を見開いて私を凝視していた。
私は仕方なく、自分の口の前に人差し指を立てて「しっ」という仕草をした。
するとその人は「ぷはっ」と笑いを漏らした。
「久しぶりだね、サラ·ラーナー嬢」
「お久しぶりでございます、クライトン公爵令息様」
クライトン公爵令息は、私よりも一つ下のこの侯爵家の嫡男マイケル様の親戚だった。
学園では、確か魔法で変装するのが得意な方で、ごく親しい人にしか本当の姿を見せないという噂だった。
今日の金髪碧眼のこの姿が彼の本当の容姿なのかは私にはわからない。それでも学園で何回かは見かけたことのある姿ではあった。
「君、化けるねえ。知らなかったよ」
「クライトン公爵令息様には敵いません」
「はは。これからはルーファスと呼んでくれ」
彼が私の名前と顔を知っていたのは意外だった。極力地道に目立たなくしていたのに。
「···では、サラとお呼びください」
「サラ、今度の夜会に君を誘っても構わないかな?」
ルーファス様は早速私をサラと呼んだ。
「······申し訳ありません、私は既にラーナー伯爵家の者ではなく、平民でございます」
「なぜ、そんなことに?」
「事情がありまして、除籍になりました」
「······それは大変だね」
「私の母は元々平民でしたから、私は大丈夫です」
母はラーナー家の侍女だったが、胸の大きな女性が大好きな父の目に止まってしまい、断り切れずに父の愛人になって私が産まれた。
私は籍だけは伯爵家に入れてもらえたが、母は八年前に愛人のままこの世を去った。
子爵令嬢だった義母が婚約者だったのに、結婚前に父が母に手を出したのだ。
私の胸の大きさが気に食わない義母と、娘の胸を注視する父の視線から逃れるために、私は胸を目立たなくする必要があった。
父はまた胸の大きな若い愛人を囲っている。
私はそんな父が大嫌いだ。
父にこれ見よがしに媚態を見せる義母も不快でしかない。
男女関係のだらしのない人が私は嫌いだ。
私は自分の身を守るために、なるべく目立たなくしようとしてきたのだ。
それからしばらくして、ラーナー家から手紙が届いた。
父が倒れ、介護が必要になったから私に戻ってきて介護をしろという。
なんて自分勝手なのだろう。
向こうから私を捨てたのに、何を言っているのだろうか。
私が戻る義理は無い。
愛人の子だろうと正妻の子どもだろうと、親なんだから育てるなんて当たり前のことだ。
親なんだから、義務でしょ、そんなの。
子への愛があっても無くても、養育しないとならないのよ。
そこに恩着せがましくすること自体が間違いなのよ。
お父様なんて、胸の大きな愛人に面倒を見てもらえばいいだけよ。
私は戻る気は更々なかったが、この侯爵家にいると実家から催促などが来て迷惑になってしまうので、父の介護のためという口実で辞職し、行方をくらますことにした。
「お世話になりました」
「ご実家が大変だね、頑張って」
「ありがとうございます」
侯爵家に別れを告げ、駅に向かって走り出した馬車の中で、すぐさまカツラと眼鏡を外した。
リバーシブルの上着と帽子を裏返し、帽子からは一つに緩く編んだピンク色のストロベリーブロンドの三つ編みを垂らして、自分の外見的印象を変えた。
駅近くのポストに、伯爵家を除籍になったので自立して働く旨をしたためた母の実家への手紙を投函した。
母の実家のパン屋は叔父夫婦が継いでいるらしい。祖父母は既に他界している。
もしも義母らが母の実家に訪ねに来たら、この手紙を見せて欲しいと頼んでおいた。
私は一人で生きて行くので大丈夫ですと書き添えて。
***
見知らぬ辺境の都市にやって来た私は、住み込みで定食屋の従業員として働くようになってから半年が過ぎた。
ここの女将さんの賄い料理が美味しくてたまらない。
母仕込みの私の作るパンも好評で、店に少しは貢献できで良かった。
私がこの店で働くようになってひと月が経った頃から足しげく通って来る、ある常連がいた。
「いらっしゃいませ」
「いつものを頼む」
ギルドの冒険者様なのか、精悍な顔立ちに右目の傷が印象的な黒髪の青年だ。
寡黙な人で近寄り難いと思っていたら、
「頼むから、たわわなその胸はどうか目立たないようにして欲しい。目に毒だから」
なんていきなり真顔で言われて引いてしまった。
女将さんは、「あなたに気があるわよ絶対」と冷やかす。
ストロベリーブロンドの髪はこの辺境では珍しいのか、長いと目立つのでショートカットにして、眼鏡はもうしていない。
髪色が目立つのでメイクは控え目にしている。
実家から自由になった解放感から、晒しで胸を巻くのも控え目にした。
体の線が出ない服を選んでいても、ウエストを絞るエプロンをするとどうしても胸が目立ってしまうようだ。
冒険者様のご希望通り、また胸は目立たないように気をつけるようにした。
「これでよろしいでしょうか?」
接客業だから、冒険者様に確認のために聞いてみた。
冒険者様は赤面しながら「ああ、それでいい」とボソリと答えた。
それから少しずつ会話が増えてゆき、彼とは現在恋人未満の親しい友人関係になっている。
のらりくらりとそれ以上の関係になるのをかわしながら、私は冒険者様に微笑む。
私はとっくにルーファスが変装しているのだと気がついているのだけれど、彼から自分の正体を明かしてくれるまで、こう答えるの。
「私、一人で大丈夫ですから」
(了)




