Beat It in 本能寺
今夜の舞台は、男装して三味線を引くのが私の受け持ちだ。
先日私が市で見た人気の舞踏団の演目の曲を、何気なく三味線で引いていたら、お館様が「それは何と申す曲か」と尋ねられたのがきっかけで、今夜その舞踏団をここに招くことになった。
私も群舞に参加するのを許された。
あれは一月ほど前、お使いで寄った市に来ていた舞踏団が踊っている曲にまず驚いた。
それは私の知っている、あのキングオブポップのあの曲に酷似していたから。
ま、まさかよね?
この時代でこの曲を聴くなんて!?
舞踏団を見ている群衆に、私は信じられない思いで駆け寄った。
私が仰天していると、その曲を楽しげに演奏している楽士と目があった。
そしてこの群舞は······、
まさにあの曲のPVそのものだった。
敵対する不良グループ同士の抗争の場所に向かうシーン、トップ同士のにらみ合いまでそっくりだった。
······ど、どうしてこれが?
うう、な、懐かしくて涙がちちょぎれ(死語よね)そう。
私は思わず曲に合わせてステップを踏んでいた。
片手の指を鳴らしながら前進したり、舟を漕ぐような動作に似ている振り付けも真似してみた。
先ほど目が合った楽士に驚かれた後にウインクをされた。
なぜこれを踊れるのかって?
この曲って、体育の授業で創作ダンスの時、教材として全員これを覚えさせられたのよね。
曲を聞けば反射的に体が動くほど、散々やらされたわ。
目の前のこの群舞に混ざって、私も思い切り踊りたい気分になった。
曲が変わると、それもまた同じキングオブポップの別の曲だった。
久々に踊るのもあるし、鞋だからちょっとぎこちないけど、前を向いたまま後ろに進むステップもなんとかできた。
それにしても、この舞踏団は······。
和装でこの曲を舞うなんて、なんて格好いいの!
みんな動きもキレッキレよ。
楽士も立ち上がって、舞いながら演奏している。
手袋と帽子があったら、もっとノリノリで真似て踊るのにな、なんて思いながら、私も合わせて踊ってみた。
楽士が目を丸くしていたから、今度は私がウインクを返した。
最後のキメポーズを取ると、歓声が鳴り響いた。
演目が終わると楽士に手招きを受けた。
「君って、転生者だよね」
「あなたもそうなのよね?」
彼はこの時代に転生して十年になるそうだ。
私はまだこの時代に来てから二年目、元いた時代に戻りたくて仕方がない。
「また会えるかな?」
「ええ、また来ます」
それから何度か会うようになって、お互いの情報交換をするようになった。
楽士は宮本健人、東京出身の24歳。中学生の時、塾帰りに自転車と衝突しそうになって避けたら、この世界に来ていたのだとか。
私はお隣の神奈川県出身の原田麻結。通勤のため地下鉄を待っていたら、後ろから人にぶつかられてホームに落ちてしまった。
きっと私は元いた世界では享年22歳で死んでしまったのだと思う。
新卒で入社したばかりだったのに。
それよりも、私は気になっているのが、お館様のこと。
本能寺って、あの本能寺のことよね?
それっていつ起きるんだっけ?
天正九年? いや、十年だったような······。
だとしたら今年、しかももうすぐ起きるということよね?
健人に確認すると、「ああ、そうかも」と平然と答えた。
「俺、あんまり歴史は得意じゃなかったんだよね。14でこっちに来ちゃったし」
「私も人のことは言えないけど、でも、この事をお館様に黙っていてもいいのかな?」
「もしかして、麻結はお館様のファンだったりするの?」
「嫌いではないわ。怖いところもあるけれど、基本は穏やかで良い人よ。小説やドラマとかのイメージで言われているような暴君ではないわ」
「そうなんだ」
お館様は、スイッチが入ると物凄く苛烈になるけど、それでも人を惹き付ける魅力がある人だ。
このままなら死んでしまう。でも、私達は歴史を変えてはいけないのよね?
じゃあ、この世界に転生した意味はなんなのだろう。
「歴史の教科書の内容が全部史実とは限らないよね?」
「じゃあ、そこで死んでいない可能性もあるということ?」
「これからそれを目撃できるわけだよね」
健人は、真に強運な人ならば、例え襲撃されても生き延びるんじゃないかと言った。
確か、遺体は見つかっていないとか、何かで読んだような気がする。
それならば······、私はお館様が生き延びてくれる方に賭けようと思った。
「『びいといっと』とは、どのような意味じゃ?」
「逃げ延びるという意味のようです」
「逃げるじゃと?」
「はい、退却する、勝つために退く、死なずずに逃げ切るという意味もあるかもしれません」
お館様、どうか今夜を逃げ切り、生き延びて下さいませ。
そうして、本能寺での催しの幕は上がった。
健人の三味線に合わせて、サビの部分に私の演奏を追い重ねる。
ツインギターならぬ、ツイン三味線。
三味線はこの世界に来てから習ったものだ。
元いた世界の曲を奏でて、自分の孤独を慰めてきた。
そのうち、三味線が本当に好きになった。
こうやって、同じ世界から転生した健人と舞台を踏めるのは、本当に感激してしまう。
健人は振り付けも担当していた。
彼も、元いた世界の記憶を何かしらとどめたくて、音楽好き、特にキングオブポップのファンだったから、この舞踏団を主宰したらしい。
演奏を健人に任せて、私も途中から群舞に参加した。
「何であの娘が」という視線が痛かったけれど、それは無視して楽しむことにした。
サビの部分を何度も繰り返し、「逃げて!」「生き延びて!」というメッセージをお館様に向けながら舞った。
お館様は、この「びいといっと」が気に入ったようで二度もアンコールをした。
その二度目の途中で刺客らが登場で騒然となった。
「麻結、下がって!」
群舞を踊っていた面々が、お館様の盾になった。
「俺達は織田家の透波だ」
「ええ!?」
「お館様にはちゃんと生き延びていただくさ」
健人はウインクをして見せた。
多勢に無勢で押されてはいたが、火を放ち防御した。
側近がお館様を連れ出すのを目で確認すると、私はまたサビの部分を三味線で弾いた。
敵が近寄って来たので、相手を三味線で叩き、象牙製の撥を投げつけながら退却した。
火の手が回った建物が崩れ落ちて退路が断たれてしまいそうになった時、健人が私を逃がすために突き飛ばした。
「健人?!」
「お前は生きろよ」
健人はあっという間に炎に囲まれてしまった。
「ダメよ、あなたも生き延びなくちゃ!」
私が叫んだ次の瞬間、建物の奥で爆発音がした。
爆風となった炎が全てを飲み込んで行った。
私は気を失う直前に、誰かに庇われるように抱きしめられた。
そして列車のブレーキ音を聞いたような気がした。
目を覚ますと病院のベッドの上だった。
地下鉄のホームに落ちた私は死んではいなかった。
落ちた私を庇いながら線路脇に避けて助けてくれた人がいたからだ。
その人の名は宮本健人、中学二年生。
彼も軽傷で済んだようだ。
彼は私のこととあの世界にいたことを全く覚えていかった。覚えていないというよりも、本当に知らないようだった。
私は元いた世界に戻って来たのだ。
本能寺は武器の受け渡しに利用されていたので弾薬庫があったせいで、尚更激しく焼け落ちてしまったと伝えられている。
お館様の遺体は見つかっていないとか。
それはそうだ、だってお館様は側近と避難したのだから。
その後ろ姿だけは目に焼き付いている。
お館様は、本能寺の中では死んではいない。
その後の行方や消息はわからないけれど、彼は確かに生き延びたのだ。
私はあれから三味線を購入した
元のこの世界でも弾けたのだから、あの世界は幻ではなかったと思う。
誰にもそんなことは言えないけれどね。
私は今でもあの夜の「びいといっと」を、一人懐かしんでつま弾くのだ。
(了)




