先読みの弟が言うことには
祖父の代で家が傾き、没落寸前だった我が伯爵家。
当主である父よりも先見の明がある弟ジーンが、あれよあれよという間に事業と投資を成功させて、侯爵家並みの財力のある伯爵家にしてしまった。
学業も優秀で飛び級で姉の私よりも先に学園を卒業し、次期当主として腕を奮っている家族にとって実に頼もしい存在だ。
家が持ち直す前、経済的支援を受けるためだけに私が子どもの頃に婚約させられた。
それがブライトマン侯爵家の嫡男であるサミー様。
あからさまな政略結婚である婚約のせいか、サミー様は私にどこかよそよそしい。
それだけ不本意な婚約でしかないのだろうと諦めていた。
それでも私は侯爵夫人として相応しい振る舞いが出来るように、可能な限り努力して学んできた。
ひとつ歳上のサミー様は、今年貴族学園を卒業する予定でいる。
婚約者である私を邪険にすることなく、エスコートが必要な時はちゃんとしてくれるという、婚約者として最低限の役目は果たしてくれていた。
眉目秀麗で家柄も良いサミー様に想いを寄せるご令嬢方も多数いる。
私の知る限りでは、そのご令嬢方とは男女の仲になっている方はいないようで、その義理堅さには感謝していた。
卒業を控えた生徒の催しのひとつに魔法による剣舞があり、 男女混合でチームを組み、毎年剣舞大会が行われる。
サミー様のチームには、サミー様を誰よりも追いかけている侯爵令嬢リリス様がいるのだけれど、最近は練習のために頻繁に一緒に過ごしているようだ。
放課後、サミー様達のチームの剣舞の練習の見学を終えた私は帰宅するために馬車の待つ門へ向かっていた。
その前方にサミー様とリリス様、チームの方々が歩いているのが見えた。
「きゃああ!」
リリス様が突然悲鳴を上げ、バランスを失ってその場に倒れた。
彼女の持っていた剣が暴走したのか、後方の私の方へ炎に包まれた剣が襲って来た。
私は避けきれず腕にかすってしまった。
剣は木の根本に突き刺さって止まった。
「リリス!」
サミー様はリリス様を抱き起こし、そのまま彼女を抱き上げてチームの人達と医務室へ運んで行った。
私はあまりの痛みで声も出せずにうずくまった。
腕を押さえた指の間から血がこぼれていた。
「ジュリエット様、大丈夫ですか!?」
一人の青年が駆け寄って来て、瞬時に治癒魔法をかけてくれた。
先ほどまでの痛みが嘘のように消え去って、傷口を探しても、そこにはもう何もなかった。
「ありがとうございます、ハーネス様」
「お役に立ててなによりです」
亜麻色の髪に青い瞳の青年は微笑んだ。
同い年のハーネスは平民ながら、文武両道でなおかつ品行方正な好青年であるため令嬢達からも支持されている。
「姉上、お迎えに上がりました」
令嬢の黄色い声が上がった。
虹色の光沢のある銀髪と紫水晶の瞳の少年は、我が弟ながら美しい。
「ジーン、迎えに来てくれて助かったわ」
「服が破けていますが、何かあったのですか?」
「ええ、暴走した剣にかすってしまって。でもハーネス様の治癒魔法で助けていただいたの」
ジーンはハーネスを探し出すと、駆け寄って礼を述べた。
「姉を助けて下さりありがとうございました」
「いえいえ、偶然居合わせただけですから」
謙虚なハーネス様に姉弟で礼をして学園を後にした。
馬車の中でジーンは不満げに呟いた。
「姉上の婚約者は何をしていたのですかね」
「サミー様は、倒れたリリス様を救護したのよ」
「婚約者をそっちのけで?」
「あれは仕方がないわ」
「僕は断然ハーネス様推しですよ」
「もう、何を言っているの」
私はしょうがないわねと、肩をすくめた。
「姉上、これからは平民の時代になると思いますよ。家柄や爵位では食べていけない時代が来ますから、生活力のある平民と結婚するのをお勧めします」
「ジーンったら······、それもあなたの先読みなの?」
ジーンの先読みは、ほぼ的中する。悔しいぐらいに。
「王侯貴族の時代が終わるということ?」
「そうです、間もなくそうなる筈です」
「そんな······」
「冗談ではなくて真剣にですよ。姉上も心の準備はしておいて下さいね」
「···わかったわ」
弟の飛び級は、それを見越してのものだ。天才的な弟に私は時々ついて行けないこともある。
同じ銀髪紫眼なのに、私は見てくれも地味なので、何で姉弟なのにこんなに違うのか不思議でしょうがない。
弟の手腕が確かなので両親も弟には頭が上がらないのだった。
***
剣舞大会が近づくと、学園内でサミー様とリリス様の噂が広まって行った。
サミー様が婚約者である私よりもリリス様を優先しているとか、婚約者ではなく他の令嬢を助けるのはおかしいとかいう、サミー様の良くない噂が、私の耳にも入って来るようになった。
あの時はサミー様も状況的に不可抗力で、それを悪く言われるのは理不尽だと思う。
怪我を負った私に気がつかずにリリス様を助けた後ろめたさか罰の悪さからなのか、サミー様は私と目が合うと目を反らすようになり、避けられてしまうようになった。
リリス様はあれからサミー様にべったりで、彼の傍を離れずにいる。
私はリリス様の取り巻き達から呼び出されて、「サミー様はもうリリス様のものなのだから、サミー様と別れなさいよ」という余計なことを言われるようになった。
私はサミー様達の立場、侯爵家同士の釣り合いを考慮してこう答えた。
「皆様にお知らせせずに誤解させて申し訳ありませんでした。私とサミー様の婚約は既に解消されています。ですのでサミー様がどなたと親しくされるかはサミー様の自由ですわ」
それが最も平和的かつ丸く収まると思えた。
サミー様との婚約の潮時は今だと、私でもわかったからだ。
私がそう言えば、その噂が広まってサミー様から婚約破棄を告げて来ると予想した。
予想通りすぐにサミー様は婚約破棄を受け入れた。
「ジュリエット、君はそれでいいのか」
「はい、今まで長い間ありがとうございました。どうかお幸せに」
剣舞大会で優勝したサミー様とリリス様のチームは、表彰式の場で二人の婚約を発表して盛り上がった。
とにかく体裁だけは整えておくのが貴族の常套手段だとしても、リリス様の剣で怪我をしたのは事実だったので、婚約破棄云々は抜きにしても、そこだけは謝って欲しいところだった。
けれど侯爵令嬢のプライドなのか、リリス様からの謝罪は一切なかった。
もしもサミー様がリリス様を連れて来て私に謝罪させたなら、サミー様を少しは見直したかもしれない。
「悪い人ではないかもしれないけど、良い人でも無いよ。姉上の伴侶としては失格。別れて正解」
サミー様は最後までジーンに酷評されてしまった。
サミー様とリリス様は卒業と同時に結婚した。
私はというと、同窓の令嬢達が貴族に嫁ぎ、王宮勤め等をする中、私は平民が多くいる職場でハーネスと共に平民として働くことになり、自然と親しくなって彼と結婚することになった。
この頃になると、王制廃止となり、貴族も解体されるようになっていった。
貴族が平民と婚姻を結ぶことも既に珍しくなくなっていた。
我が伯爵家は率先して自ら爵位を返上した。
すべて先読みの弟のいう通りの未来になった。
サミー様とリリス様の侯爵家は没落してしまったようだ。
爵位は無くとも、豪商として我が家も果樹園と農地を持つハーネスの家も生き残った。
時代の転換期にも負けず、私達が生き残れたのは、先読みが恐ろしいほど当たる弟のお陰だ。
そろそろ、その弟にも縁談をと、ハーネスと私は弟のための伴侶探しをしている最中。
先を読める弟にも苦手はあった。
恋愛音痴だと知ってなんだか少しほっとしている今日この頃。
(了)




