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聖女の口癖は「鬱陶しい」

六年前に再婚した父の後妻とその連れ子の義妹があまりに鬱陶しかったので、十七歳のアデレイドは聖女候補になってから家を出た。


何が鬱陶しかったのかと言うと、義妹の被害者ぶりっ子、万年悲劇のヒロインという仮面で、義妹の都合の良いように義母や父までを支配や操作してきたからだ。


いつも義妹は被害者で、悪いのは全部姉のアデレイドのせいにした。


そこにアデレイドの婚約者も巻き込まれて、性悪な姉と見なして婚約破棄、義妹と婚約した。


こんな茶番劇は鬱陶しくてたまらない、話の通じない人は家族でも鬱陶しいので、家を出ることにした。


もう家には二度と帰らない。鬱陶し過ぎる家族など必要ない。


アデレイドはそう心に決めた。




「ニーム伯爵家のご令嬢ですよね?」


神殿で祈りを捧げ終わると、やって来た聖騎士にそう声をかけられた。


「はい、長女のアデレイドと申します」

「神殿で寝泊まりされていると聞きましたが、何かご不便なことはありませんか?」


神殿では侍女がいないので身のまわりのこと等は自分でやらなければならないため、それで心配してくれているのだろう。


「いいえ、家が鬱陶しいので、せいせいしております」


銀髪に赤い瞳の聖騎士はぽかんとした表情を浮かべた。


「あっ···」


アデレイドはしまったと手で口をふさいだ。


こんなことを言ってしまう聖女候補では、聖女に選らばれなくなってしまうかもしれないと焦ったからだ。


聖騎士は笑いを堪えていた。


「歴代の聖女様にも色々な事情のある方はいましたから、心配はいりませんよ」

「そっ、そうなのですか? ありがとうございます」



その聖騎士の名はユリシーズ。マーニュ侯爵の三男で、正式な聖女となったアデレイドの騎士となった。



「私のような者が聖女で良いのでしょうか?」

「ふふふ。口癖が『鬱陶しい』という聖女がいても問題は無いですよ」


アデレイドは、聖女に群がる貴族令息達も、権威や権力、金に目がない神官達にすらも、「鬱陶しい」とぼやいていた。


そして端正なユリシーズに纏わりつくご令嬢達にも「鬱陶しいわ」と呟いた。


その度にユリシーズは満足げに笑っていた。


「とりすました腹黒聖女よりは素直でいいと思いますよ」


この国の聖女の任期は十年間。十六歳から十八歳くらいで聖女になり、三十歳になる前に嫁ぐか、修道女として修道院へ行くのが定番になっていた。


ただ、アデレイドは他の聖女よりも神聖力が強かったので、大聖女として昇格することがほぼ決まっていた。


赤毛で緑色の瞳を持つ聖女は、貴賤を問わずざっくばらんに接するため、気取らない親しみやすい聖女という評判だ。


それに対して、金にものを言わせて聖女の座についたミランダ侯爵令嬢が、自分こそが大聖女に相応しいと息巻いていた。


不正でのし上がる大聖女ってどうなのかとアデレイドは思っていたが、大聖女の地位や称号なんて鬱陶しいことこの上ないので、大聖女になることは辞退した。


「私が大聖女なんて鬱陶しいので」


ミランダ嬢と敵対することもなく、平和的に大聖女の座を彼女に譲った。


不正の限りを尽くして神殿が腐敗して行くのならば、そんなものは鬱陶しいので滅びればいい、それがアデレイドの本音だった。


神殿や国が認めなくても聖女は聖女、聖女の称号などよりも、聖女の力で癒し浄めることができればアデレイドはそれで良かった。


彼女は旅をしながら、出会った人や土地を癒し浄める生活を選んだ。



「あなたは本当に無欲な方ですね」

「無欲? そうかしら?私は鬱陶しいのが嫌なだけですよ」

「あなたはまったく変わりませんねぇ」


聖騎士は殊更(ことさら)満足そうに笑った。



アデレイドが聖女になって六年が経った頃、実家のニーム伯爵家は没落した。


翌年には大聖女の不正、神殿の腐敗が明らかになり、アデレイドのいた神殿は閉鎖された。


大聖女という存在も、神殿もかつてほどには影響力を持たなくなって行った。


その代わりに地域に密着した聖女の力を持つ者達が独自に組織を作って台頭して行ったが、組織に組込まれるのが嫌だったアデレイドは参加しなかった。


「だって鬱陶しいんですもの」


何にも縛られることなく、自由に生きるのを良しとする、気さくな聖女は、今日も聖騎士と共に気ままに旅の空。



聖騎士ユリシーズのことだけは鬱陶しく思うことなく、アデレイドは彼と生涯を共にした。


赤毛の聖女と銀の髪の聖騎士の話は、吟遊詩人などによって語り継がれた。



(了)

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