3月6日のあの人は
ep2『3月6日のあの人に』の続編です。3月6日だけに?!
わたしは女の子が好き。
好きな女性にならばロマンス小説やキザな男が囁くような甘い言葉もきっと言えるだろう。
わたしの杏菜、ずっと一緒にいられたら······。
自分の好きな人が、自分と同じように自分のことを好きでいてくれるのはそれは奇跡みたいなことだ。
わたしは女の子が好きで、杏菜は男の子が好き。
ノーマルとかマイノリティとかはどうでもいい。
わたしのは、そんなんじゃないと思うから。
異性を想う女性が、好きな異性に振り向いてもらえないなんてことはよくあることだ。
それと同じように、同性に恋をしているわたしの想いも届かない。
それははじめからわかっていたこと。
杏菜は昨年付き合いはじめた男性ともうすぐ結婚する。
杏菜のいない世界、杏菜の傍にいられなくなるなんて考えられない。
想いは告げずに、わたしはこれからも今までのように友人として付き合ってゆく。
先日わたしは同僚から告白された。
その人は女性だった。
でもわたしは、杏菜以外はいらない。
多分わたしは、女性が好きだからなのではなくて、杏菜が好きなだけだ。
だってわたしは、杏菜にしか恋したことがないから。
わたしはもしかしたら男性と付き合うことはできるのかもしれない。
初恋が杏菜だったというだけで、破滅的に男性が嫌いなわけではないから。
でもまだわたしは、当分は杏菜一筋。
この恋が終わることはあるのかな?
普通に、ただの友人になれる日がいつか来るのだろうか。
男を漁るように女も漁る、そういう女性もいる。
罪悪感もなくタブーとかもない。
男だろうと女だろうとどっちでもいい。
わたしはそのような人とは違う。
それに、女性が好きなフリをしているだけで興味本位でしている人に、そもそも愛なんて無い。
男が好きなのか、女が好きなのか、自分でまだわからないから、どっちとも並行して両方と付き合う
そのような人もいるけど、それって二股、何股とかをする人の感覚とたいして変わらない。
全部が都合の良い言い訳だよね。
同性同士でも、そのような人は浮気性だ。
浮気性の人はきっと、自分のことしか愛していないんじゃないかな?
相手のことを好きとか愛しているからではなくて、色々な人とシたいだけでね。
今はこの人が好き、でも明日はわからない
そのような人の好きとか愛って物凄く軽い。
そして全く当てにならない。
責任の伴うことからは極力逃げるしね。
それだと愛すら感じている暇も、味わっている暇も無いよね?
それが愛だと思っている幻想を追いかけているだけの、最も愛から遠い人のような気がする。
な~んて言うと、激怒するんでしょうけど。
わたしに告白してきた人は、男に飽きたから女を試して見よっかなというノリなのよね。
二股がばれて彼氏二人と上手くいかなくなったのを噂で聞いていたし、わたしの上司とこの前まで不倫をしていたのを知っている。
不倫がバレて上司は左遷された上に離婚したみたいだけど、彼女はその上司について行くわけでもなくサッサと別れて、まだこの職場にいる。
強メンタルというよりも、超絶的な鈍感なのかもしれない。
異性とも同性とも、遊ぶことしか考えていない人をわたしは好きになれない。
恋愛の対象としてという以前に人間的に信用できない。
社内の同性の同僚からも総スカンは当然よね。
まあ、観察対象としては面白いかもしれないけど。
多分みんな噂のネタにする対象として遠巻きに観察しているだけよね。
今日は3月6日、わたしの『3月6日のあの人に』は、杏菜、不動の定位置。
きっとこれは生涯変わらないと思う。
わたしがいつか杏菜に恋することが終わったとしても。
あのアーティストは、あれから新譜を出したの、『3月6日のあの人は』っていうタイトル。
また、コーヒー飲んでいてひらめいた、このタイトルが降って来たのかな?
今夜は杏菜と待ち合わせて、ご飯をすることになっている。
わたしの3月6日のあの人と、わたしはこれからも。
新譜『3月6日のあの人は』を今夜は一人でまったりと聴こう。
(了)




