捨太夫
「歴史的に見ても、女の初の職業は、春を売る仕事だよ」
そう女将さんは呟いた。
わたしは本当にそうだろうかと首をかしげて考えた。
乳母や子守りでも駄賃をもらえるし、産婆や飯炊きでもお金をもらうことはできるから、女将さんの言うことは違うと幼いわたしは思った。
そんなことを口に出そうものなら、女将さんのキセルで強かに打たれてしまうから、やめておいた。
わたしは「おすて」という名で生まれたけれど、五つの時に商人だった親に捨てられ、この廓で育った。
禿時代の名は「捨」、新造になってからは「棄松」。
ようやく花魁になっても「捨太夫」と呼ばれた。
♪すて捨て棄て
♪すて捨て棄てりゃんせ
自作の唄で舞って見せれば、何がそんなに面白いのか、わたしを身請けするという御仁が、満足そうに手拍子をする。
「こんなやけっぱちの唄のどこが良いのだえ?」
「ふはは、やけっぱちなのか?」
「あい」
裕福な武家の次男坊だというこの男、身なりは確かに悪く無いが、なぜこのように羽振りが良いのかわからない。
「決心はついたかい?」
身請けされるかどうかは、女将さん次第だろう。
「なぜおまえ様が身請けしようと?」
「俺は、おすての兄じゃからかのう」
「······!?」
この男はいつもわたしを指名しても寝ることなく帰る、奇特な御仁だった。
泊まっても隣でゴロリと横になると眠ってしまい、朝になったらすぐに帰ってゆく。
「兄様?」
「ああ。俺は武家の養子になったのだ」
わたしは両親の顔も今ではおぼろげで、兄弟のこともよく覚えていなかった。
ただ、兄弟の名前だけはぼんやりと記憶していた。
「······すて松?」
「そうじゃ、すて松だ」
上の姉がすえ、下の姉がトメ、兄がすて松、弟がトメ吉、そしてわたしがおすて。
「姉様達は?」
「二人はそれぞれ豪商に嫁ぎ、トメ吉が跡を継いだ」
両親は既に他界していた。
身請け料は、親の残した金と兄姉全員で出し合うという。
トメ吉は商い上手で、潰れそうだった店を繁盛させ豪商に成り上がったという。
「嫁や妾として身請けするのではなくて、妹としてだ」
「どうしてわちきが『おすて』だと?」
「若い頃の母様に瓜二つだからさ」
「そうかい、兄さんとはねえ」
女将さんは身請けを承知してくれた。
親兄弟が取り戻しに来ることは至極稀だそうだ。
年季が明けても、家族は世間体から受け入れず、引き取らないということが圧倒的に多いから、本当に私のような身請けの例は珍しいとか。
「『おすて』ではなくて、『お拾い』だね」
特例中の特例で、家に帰ることを考慮し、身請け料を上乗せして収めるだけて、最後の花魁行列は無しにしてもらえた。
♪すて捨て棄て
♪すて捨て棄てりゃんせ
わたし捨太夫は、24歳で廓という苦界から、家族の元に晴れて戻った。
わたしは「おひろ」と名乗って、余生を穏やかに生きました。
(了)
このような例が実際にはあったとは思えませんが(資料が無いので)、そこはあって欲しいというファンタジーです。




