悪を出し抜く
救世主や英雄のような存在に助けてもらおうとするばかりでは、この世は良くならない。
だからいつまでも悪が蔓延る。
なぜなら、悪はいつも善を出し抜こうとしているからだ。
この世の終わりのような状態になった時、善人は受け身でこう思うのではないだろうか?
助かる助かならないは、神のご意志に従いますとか、
これも身から出た錆とか、潔く死や終わりを簡単に受け入れてしまうものではないのか?
悪ほど命根性が汚いもの、往生際が悪いものだ。
悪人ほど他者を犠牲にしてでも、周りを騙してでも、自分だけは生き延びようという感覚が半端なく強いわけである。
もちろん神の手や守護によって生き延びることができる善の者もいるだろうが、悪は神なんか頼らずに、神の許しなどお構い無しに生き延びようとするわけだ。
悪ほどしぶといし、図太いものではないのか?
いつの時代も、幾度終末を迎えても、そうやって 聞き分けの良い善き人の方が滅んでしまうのだからのう。
そりゃあ、悪が蔓延るわけさね。
だから、いつまでもこの世には悪がなくならないのじゃよ。
だがしかし、これからは、善き人がちゃんと生き延びないとならぬ。
善き人こそ、悪を出し抜いて、生き延びろ!
それがこの世、この世界を良くしてゆくには必要なことなのじゃ。
善き人こそ、しぶとく図太く生きなきゃならん。
悪を出し抜いて生きろ、生き延びろ!
***
「お師匠様、このように記録しておきましたが、これはいかがなさいますか?」
師匠と呼ばれた男は、記録を見ることなく答えた。
「いつものように」
「かしこまりました」
弟子は師匠の語録に年月日を追加して保存した。
師匠と呼ばれる者の元に弟子入りして数年経ったが、この弟子の仕事は、師匠の語録を、酔って言ったことも、寝ぼけて呟いたことも、寝言も含めて全て書き留めて、語録に残すことだ。
そんな師匠の語録も数冊目。本日のものは、昼寝での寝言から。
(うちの師匠って、起きている時よりも、寝言の方が良いこと言うよなあ·····)
弟子は盛大な溜め息を吐いて、師匠の元を去る時期をいつにしようか思案した。
その後、天変地異により国も民も滅び去った。
この寝言語録はなぜか残り、生き延びた人達の聖典となったのを、その師匠も弟子も知らない。
(了)