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それでも私達は進んでゆく

ルイーザ·メイは、父から自分の嫁ぎ先を聞かされて驚いた。

先祖代々お互いに敵対し、何かといがみ合う家同士の、その相手の家に行かなければならないということだからだ。


お互いの両親も祖父母も、曾祖父母もまた、憎しみを向け合う家だった。


ルイーザ·メイは小さい頃、「どうしてそんなに嫌い合うの?」と聞いてみたことがある。

「そっ、それは昔からそうなのよ」

「親の仇とかなの?」

「ええ、多分そういうことよ」

母や祖母は面倒くさそうに答えた。「多分」なんて、それはもう詳しいことがわからなくなっているっていうことよね。

自分の親兄弟を殺されたわけでもなく、最近までずっと断続的に嫌がらせを受けたわけでもないのに、まるで家のしきたりのように、わけもわからなくなるほど遠い昔の恨みとか憎しみで、なんとなく毛嫌いしているだけなんて、それっておかしくないかしら?


賞味期限の過ぎたお菓子、古すぎてもう食べたり飲んだりできなくなった高価なものを後生大事に捨てずに取っておいて、それを先祖代々受け継ぐようなものよね。

誰もそれを食べて味わうことはないのに。


「そういうことだから、覚悟して嫁ぐように」

「はい、喜んで嫁ぎますわ」

だって、その結婚相手は私の初恋の人だもの。親には言ってなかったけれど。

だから全然悲しくもないし、ちっとも困ってもいない。むしろ、「やったあ!」という嬉しい気分なのよ。



「お前、なんかウキウキしていないか?」

兄が不思議そうに聞いてきた。

「もちろん、心は弾んでいますわ。だって好きな人の元へ嫁げるのですよ、これを喜ばないわけがないではありませんか」

「す······好き!?」

「ええ、私、五年前からお慕いしていましたの」

これ以上嬉しいものはないという顔で妹が返すので、兄は何も言えなかった。



「泣かないでお母様」

「そんなことを言ったって···」

ハレの日に、今生の別れのような悲痛な顔で送り出されるのはごめんだ。

「どうか笑って私を送り出して下さいませ」

そう言うと余計に母は泣き出したので、ルイーザ·メイは苦笑した。


嫁ぎ先から迎えに来たのは、彼本人で、これまた不安げな表情をしていた。

「迎えに来て下さってありがとうございます。とても嬉しいです」

最上級の渾身の笑顔を向けると、彼は戸惑っていた。

戸惑うということは、「憎し!許せん!!」とまでは思っていないということよね?

そこまで嫌がられてはいないなら、それで十分だ。

「君を愛せない」とか「お前を妻とは認めない」とかはまだ言われていないなら、それでいいの。


迎えの馬車に乗り込むと、始終笑顔のルイーザ·メイに「あなたはこの結婚が嫌ではないのですか?」彼はそう聞いてきた。

「はい、ちっとも」

「な、なぜでしょうか?」

「私はこの日を持ち望んでいたのです」

彼は驚いて「そうですか」と呟くと、窓の外へ視線を向けてしばらくそのままだった。

その横顔をルイーザ·メイは惚れ惚れと見つめた。五年前よりも精悍で凛々しくなった容貌から目を離せない。

でも、これ以上見つめてしまうと鼻血が出てしまったら困るので、自分も窓の外を見ることにした。


嬉し恥ずかしというのはこういうことなのね。

昨夜は明日嫁ぐという興奮でよく眠れなかった。

沈黙が続いていたためか、ルイーザ·メイはうつらうつらとしてしまっていた。


「ルイーザ様、到着しましたよ」

「はっ、はい」

え?い、今、ルイーザって呼んで下さったのよね?

「私も、あなたをお待ちしていました。この結婚を進めたのは私です」

「ど、どうしてですか?」

「両家の無意味ないがみ合いを終わりにしたかったからです」

「私達なら、それができると?」

「ええ、私はそれを望んでいます。一気に全部を変えるのは無理でも、私達から子どもへ、子どもから孫へと少しずつ変えることができればいいと思うのですよ」


ルイーザ·メイを彼が妻に選んだのは、数年前に彼の飼っていた犬が街で辻馬車に轢かれて怪我をした時、彼女は自分のドレスが汚れるのも厭わずに、必死に手当てをしてくれたのだ。

犬の首輪には家紋が印されていたのだから、敵対するうちの犬だとすぐにわかった筈だ。

敵対する両家では、これまではこんなことにさえもお互いに手を貸さないほど避け合って来たのだ。

躊躇することなく救命しようとしてくれた彼女の姿に、この娘ならばと、あの日心に決めたのだ。


「もちろん、全力で協力させていただきます。わからず屋達は蹴散らしてゆきますわ」

「はははっ、それは頼もしいですね」

ルイーザ·メイは感激して涙が溢れた。

「長い闘いはこれからですよ、まだ泣かれては困ります」

ジャン·クロードはルイーザの頬に手を伸ばし、指で涙を拭った。

「さあ、それでは一緒に戦地に参りましょう」


ジャン·クロードは、ルイーザ·メイを抱き上げると、満面の笑みで、邸の入り口まで続く緋色の細い絨毯の上を颯爽と歩き出した。



(了)

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