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帰巣石

「ありがとうございます、レディ」


私の護符(タリスマン)をレディがたおやかな指で拾い上げた。


普通ならばお付きの侍女が拾うものだが、それをしないで自ら拾ってしまうのを止められないのは予想通りだ。


これはわざと落として仕掛けた罠だ。


レディの白い指には、特大のサファイアとそのまわりを取り囲んでいるダイヤモンドがビガビカ眩しい輝きを放つ指輪がある。


彼女の誕生石だというそれは喪中に関係なく肌身離さず身に付けられている。


今彼女に拾われた小箱型の護符にはルビーの装飾が施されている。


宝石に目のない彼女は、他人のものをすぐに欲しがる。


手に入れられないものは、瀆さないと気がすまない質の悪さだ。

まずその邪な目で瀆し、そして手に触れて更に汚す。

それでも足りない時は悪意を込めた言葉で瀆さずにはいられない。


彼女は宝石以外も、ありとあらゆるものをそうする。


彼女にとって、他人のものは自分のもの、全て自分の自由にできると信じ込んでいる。


見境無いこの公爵夫人の強欲さと獰猛さは宮中では知らない者はいない。



それで、今回はそれを逆手に取った。


この護符を直接触れることによって仕掛けた魔法が発動するようになっている。


数日中に彼女はこの小箱に閉じ込められる筈だ。

そして某所へ有無を云わせずに連れて行くだろう。


これは宮廷魔術師としての私からのちょっとした意趣返しだ。


彼女は私の妹フランが大切にしていたものを理不尽に瀆した。


彼女は妹の婚約者が贈った指輪を、親しくもないのに「見せて頂戴」と言って近寄ってきた。

今まで接点も交流もなく、お茶会に招かれもせず、招きもしなかったのに、妹の婚約指輪見たさに妹を招待したのだ。


彼女は触れることで生気を抜き取る。


それは物も人も同じだ。


見えない触手でエネルギーを吸い取って奪う。



妹の婚約者は隣国の貴族で、隣国でしか産出されない貴石を婚約指輪として妹へ贈った。


その貴石は至極希少なため隣国でしか流通しておらず、隣国に嫁ぐか、移住する者にしか贈ってはいけないという厳しい制約のあるものだった。


そのため、妹は人前に出る時は身に付けずにいたのだが、どこからか聞きつけたのか公爵夫人はお茶会を開くので是非皆に見せて欲しいと懇願した。

不本意だったが渋々参加することになった。


未婚の伯爵令嬢が公爵夫人には逆らえないことを十分承知の上での招待だ。



***


「本日はお招きありがとうございます」

「早速見せていただけるかしら?」

「あの、他の皆様は?」


会場には夫人とフランの二人しかいなかった。


「皆様はご用事があって帰られましたわ」


フランはこれは嵌められたと直感したが、指輪を見せるだけだからと、おずおずと婚約指輪を収めた箱を開帳した。


透明感のある優しい水色の貴石だ。


トップの大きめの石の他に、盛り上げれられた台座の前後の細工の部分にも二粒嵌め込まれ、外からも内から見ても煌めく石が見えるよう配置されていた。

繊細でありつつ華やかさのあるデザインがフランはとても気に入っていた。


夫人は躊躇することなく指輪を箱から取り出し、自分の指にはめた。


「!!」


他人の婚約指輪を見るだけでなく、自分がはめるなんて、なんと非礼なことか。


フランは心の中で憤っていたが、堪えた。


「これは···わたくしの方が似合いますわよね?」


指輪をした指を日に透かして、夫人は悪女を絵に描いたような意地の悪い表情を浮かべた。


悪女という評判の通り、要注意人物であるのは確かだ。


良心を持たない者が富と権力を握るのが最も迷惑かつ厄介なものはない。


「あらどうなさったの?顔色が悪いわ」


フランの傍には、先程から妖しく濃厚な香が焚かれており、絡み付きむせるような空気に耐えかねたフランは眩暈を起こして倒れた。



目が覚めると自邸のベッドの上だった。


「ゆ、指輪は···?」

「こちらに」

侍女がさっと手渡した。


「······これは、本物なのかしら?」


フランはどう違うのか説明できないが、どうしてもこれは偽物のように感じた。

まるで脱け殻のように思えてしまったからだ。


けれど夫人がすり替えたという証拠は無い。


それに、デザインや大きさ等をあらかじめ把握していないと似せた物は用意できない筈。


隣国であつらえた物を、夫人が事前にこの指輪を見たというのだろうか?


自分の思い過ごしかもしれないが、不安で仕方がなかった。



婚約者に経緯を話すと、指輪は鑑定に出すから預からせてもらうと言って持ち帰った。


数日後、婚約者からは結婚を延期したいという申し出があった。


婚約破棄ではなかったが、ショックを受けたフランは憔悴し寝込んでしまった。



***



「レディ、お礼にこちらを」


私は小さな貴石の原石を公爵夫人に差し上げた。


「これは?」

「隣国で産出される希少石の原石です」

「まあ!そうなの」

「よろしければこちらも」


ルビーが施された精巧な小箱の中にその原石を入れて手渡した。


「よろしいの?」

「あなた様の方がお似合いですから」


恭しく頭を垂れて礼を示すと、夫人は上機嫌で去って行った。


「さて、これで手筈は整ったな」

「完璧です、義兄上」


物陰に隠れていたフランの婚約者リトリックが笑った。



それからほどなくして公爵夫人は行方不明になった。


実は隣国の希少石は、産出した場所に帰巣する習性を持つことが長年の研究からこのほど特定されたばかりだった。


これまではその石は「戻り石」という異名で呼ばれてきた。

この石を贈られた人は必ず、贈った人物の元に戻って来ると伝えられ、縁結び、復縁という縁起を担ぎ、結婚を望む人々から人気の高いものだった。


そのためフランの婚約者もそれにあやかろうとしたのだ。


永遠の愛を誓うのにふさわしいものだが、別の側面もあった。


奴隷のように離れない、離さないという強烈な拘束力を発揮するため、隣国では無闇に流通されないようにしていたのだ。


これは一部の人間にしか知られていない。


呪具に悪用されるのを避けるためだ。


フランの婚約者が指輪を鑑定に出している最中に、隣国では戻り石の採掘は禁止され鉱山は閉山した。


突如、隣国国内でも流通を禁じることになった。


個人が所持するのも禁止されたために過去のものも含めて国が没収、回収されることになった。


隣国では、犯罪者の拘束具等に利用される特殊な扱いとなった。


研究調査の結果、鉱山近くからおびただしい遺骨が見つかった。

その遺骨は皆他国に戻り石を持ち出し、所有した者達だった。


帰巣の特性から、所有者は必ずここへ返しに来る、ここへ戻って来ることになるのだという。


船で他国に持ち出した者は船が沈み、馬車で他国に持ち出そうとすれば事故に遭遇するため、持ち出せないのだという。


隣国で流通しているものは、一旦細かく粉砕されて、再び固めたものを加工しており、その場合は国内でも所有できると云う。


それでもやはり国外へ持ち出すと隣国へ帰巣するようになるらしい。


原石は最も帰巣する力が強く、宮廷魔術師でも止められないそうだ。

鉱山に戻らなくても、隣国へ否応なしに戻ることになるのだとか。


隣国では以後この石は『帰巣石』と名を改めれられた。



「不安にさせてすまなかった」

「そういうことでしたら、仕方がありませんわ」


フランは、リトリックに事情を教えられ、再度別の婚約指輪を彼から改めて贈られた。


鑑定に出した物は本物だったそうだが、そのまま没収ということになった。


禁忌の品になってしまった帰巣石ではない、ポピュラーな貴石をあしらったものになったが、それでもフランは幸せだった。



「エリスお兄様、公爵夫人はまだ見つからないのですか?」

「帰巣石を手放さない限りは、この国には戻って来れないだろうな」


まあ、あの人は永久に戻って来ない方がいいけどね。



(了)

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