私に異能はありません
「異能が無いって、そんなに罪なことなんでしょうか?」
何らかの異能を保有する人が尊ばれるこの国では、異能を持たない人達は差別的な扱いを受けることが多い。
王族と高位貴族らは異能者が多く異能を持たない者は珍しい。
異能を持たないアニー·レインは、それでもくじけない、いや、動じない侯爵令嬢だ。
「異能を持っていないのが私の強み」「それが私の個性ですの」と、堂々たる有り様は、同年代の異能を持たない者から支持されている。
「アニー様はなぜそんなに心がお強いのですか?」
「いくら異能を持っていても、クズな人はクズですわ」
「そ、それは···」
歯に衣着せぬ発言に周囲は内心賛同していても、表向きは中立を保とうとする。
「異能以外はポンコツなのに、なぜそれであんな大きな態度でいられるのか、私にはわからないだけです」
異能自体を否定しないが、アニーは異能以外の部分で人を評価することにしている。
「異能がなくても素晴らしい人、魅力的な方はいますわ」
「アニー様は、エルノー侯爵令息とは結婚なさらないのですか?」
異能を持たない令嬢は、異能持ちの令息と結婚したがるものだが、アニーは違った。
数年前に親同士が決めたアニーの婚約者は、異能持ちを鼻にかける不遜な令息だったので、水と油のように合わない。常々婚約解消をしたいと思っていた。
アニーの友人らにも、異能さえあればもっといい条件の人と結婚できるのにとか、異能無しで不利益を被っていると聞かされて来た。
異能さえあればという異能信仰にアニーは辟易していた。
貴族学園を卒業する日が近づいて来たが、それは婚約破棄のシーズンがやって来たということだ。
近年では卒業式に断罪されて婚約破棄する·されるのが年中行事のようになっているので、婚約破棄自体をそれほど恥ずかしいとも珍しいとも思わない風潮になっている。
その流れでアニーも婚約破棄をエルノー侯爵令息から言い渡された。
「俺様のような異能者は異能を持たないお前との結婚などありえない」
「私も異能しか取り柄の無い方とは結婚できませんので、お互いの利害一致ですわね」
婚約破棄される側がどう切り返すのかが毎年見もので、アニーの返答にどっと歓声が上がった。
もはや断罪劇はショーである。
この日の婚約破棄された異能無しの人達は、アニーに感化されてみな強気で前向きだった。
その様子は珍しく王宮にも密かに報告されていた。
学園での成績はダントツでアニーの方が上だ。剣術も乗馬も嗜むアニーは凛々しい美麗な令嬢として男女に人気でもある。
一方婚約者は異能に頼りきり、力を過信しているのか、体術や剣術も今一つ振るわない。
彼の異能は念動力だが、断続的に長時間は使えない。異能が使えない時に身を守る術を身につけようとしない彼にアニーは呆れつつ危惧していた。
後年、それで彼は生命の危機を味わうことになる。
無事に卒業と婚約破棄を済まし、落ち着いた日々を送っていたアニーは、突然王宮への招待を受けた。
第三王子アーチーボルト殿下との私的なお茶会だった。
夜会で遠目にお見かけしたことはあったが個人的に会話をするのは初めてだ。
「レイン嬢、そんなにかたくならないで欲しい」
「は、はい」
二つ歳上の殿下は物腰の柔らかな、それでいてどこか隙の無い感じの人だった。
プラチナブロンドと涼やかな青い瞳が端麗な方だ。
「単刀直入に言うと、私と婚約していただきたいのですが、どうだろうか?」
「わ、私とですか?」
アニーは寝耳に水だった。
「あの、なぜ私に?」
アニーは大きな緑の瞳を見開いて、困惑の色を強めた。
殿下はフフフと笑うとウインクしてこう言った。
「私に異能はありません」
「えっ」
「あなたは結婚相手に異能の有無を問わない方なのですよね?」
「······!」
王族の異能は秘匿されている。
「私は異能自体を否定するつもりは全くありませんが、行きすぎた異能信仰を緩和させたいと思っているのです」
アニーは俄然目を輝かせた。
「あなたとならば、それができそうだと思ったのです。私の見立ては外れていませんよね?」
「はい。謹んでお受けいたします!」
アニーはアーチーボルトが差し出した手を力強く握り返した。
二人は同時に破顔した。
(了)