大人はわかってくれない
わたしは去年生まれた0歳児、予定日よりもひと月も早く生まれてしまったから、ママ達を慌てさせてしまったわ。
ママは初産だったから余計に不安だったと思う。
世間ではわたしみたいな子を未熟児と呼ぶみたいだけど、心臓は超丈夫、泣き声の大きさはモンスター級の爆毛赤ちゃん、食欲も人並み以上だからものすごい勢いで標準体重まで追いつき追い越したの。
パパは単身赴任中だけど、わたしの顔見たさに週末は必ず帰ってくるようになった。
パパから愛されているのはわかるけど、お髭を剃ったぞりぞりの顔で頬擦りされるとちょっと痛くて困ってしまう。
夜遅く帰って来てわたしがもう眠ってしまっていると、パパは残念がってわたしをツンツンつついて起こして泣かせるの。苦心してやっとわたしを寝かしつけたママに激怒されてしまう、ちょっと子どもみたいな人なのよね。
ママのお友達がくれた大きな白いクマさんの縫いぐるみがあるんだけど、わたしがクマさんの口から出ている赤いベロばかりむんずと掴んで引っ張りいじるから、そこばかり破けてしまうの。
何度も壊すのでついに縫いぐるみは取り上げられてしまったわ。
わたしの幼少時代に縫いぐるみはその後一切登場しなかったのは、きっとそのせいね。
這い這いするようになって、つかまり立ちできるようになると、高さの低いサイドボードのガラス戸の中のキラキラ光る物に目を奪われた。
サイドボードの中は、わたしの目の高さにドンピシャだったんだもの。
「うきゃあ」
興奮しながら、パパのお気に入りのグラス二つをカンカンとぶつけて、その鳴る音をおもちゃにしていたら、ママが悲鳴を上げて取り上げた。
今度はグラスじゃなくて、茶色の小瓶、いただき物で全く手をつけていない、ただの置物と化したカクテル作りグッズとリキュールの瓶、黄緑色(体に悪そう?)の液体が入ったエッフェル塔の形をした透明な瓶に目を奪われて、嬉々として手を伸ばして、瓶同士をぶつけてカチカチ音がするのを楽しんだ。
楽しくなって来るともっともっととハイになって力を込めてぶつけてしまうから、カチカチじゃなくてガゴッという危ない音に変わって来た。
「わああっ」
パパが声を上げて慌ててわたしを瓶から離した。わたしはそれが不服で大泣きして訴えた。
それ以降サイドボードのガラス戸にはガムテープがみっちり貼られて開けられないようにしたみたいだけど、そんなのはなんのその、ちゃんと開けられたよ。
だって赤ちゃんは時間もお気に入りのものへの執着もたっぷりあるからね。
赤ちゃんは楽しいものはなんでも何回でもしつこく飽きるまでやりたいのよね。
そのうちサイドボードは壁側にガラス戸を向けるように裏返しにされたけど、懲りずにずりずり、もぞもぞと裏側の隙間に手を入り込ませて、わたしはサイドボードのガラス戸を開けていた。
奥にまでは手が届かなかったから、中から取り出せたもので遊んでいるわたしを見つけたママ達は言葉を失っていた。
赤ちゃんは壊し屋、小さな怪獣とか言われることもあるみたいだけれど、わたしもご多分に漏れずそうだった。
わたしが静かでいる時は、きっと何かやらかしている時だったのだろう。
「手のかからない、しっかりしたお子さんでいいわね」
「ほんと、いい子でうらやましいわ」
幼稚園児になると、まわりの大人達はみなわたしのことをそう評した。
わたしはちっともよい子ではなかったのに、大人ってどこに目をつけて、いったい何を見ているのだろう。
悪い子だと欲しいものややりたいことを取り上げられてしまうから、そういうことをされないように、悪い子には思われない程度にはいい子のふりをしているだけなのにね。
悪そうにしていると、要らぬ干渉を受けるだけでしょ?
わたしは大人からは、そっとしておいてもらいたいの。
自分の欲しいものや、やりたいことは、自分の頭で考えて、正当な方法で手に入れるわ。
人のものを奪ったり、しつこく駄々こねて相手やまわりから無理矢理もぎ取るとか、可愛そうな子を演じて他人から恵んでもらうなんて、そんな悪どいことは、わたしは絶対にやらない。
幼児にだって良心やプライドはあるのよ。
大人になっても、まだそんな悪どい幼児みたいなことをやっている人は、体ばっかり大人だけど、中身は赤ちゃんのままなのよね。
体は大人で頭の中が子どもの妖怪人間みたいな大人、わたしはそんな大人には決してならない。
中身が大人じゃない大人って、本当に何もわかっていないのよね。
大人が子どものことをわかってくれないのは、その人が大人だからじゃなくて、その人の中身が本物の大人ではないからよ。
(了)