グウィネスの賭け
13歳の男爵令嬢グウィネスは自分の人生をかけて、ある実験をしてみようと決意した。
「真に縁がある相手ならば、例え離ればなれになっても、いつかまたちゃんと再会できるものよ」
祖母にそう言い聞かされ、慰められたのがきっかけだった。
グウィネスが思慕を抱いていた相手が遠方の国に突然去ってしまったのを、あまりにも嘆いていたからだ。
祖母にしてみれば、可愛い孫娘をなだめるために言っただけだったのだが、グウィネスは真に受けて強く信じ込んでしまった。
しかも、それならば自分は何もしなくても、ちゃんと再会して結ばれるのかどうかを試してみたくなってしまったのだ。
しばらくして、その意中の子爵令息アンソニーから手紙が届いた。グウィネスは賭けと称して返事も出さなかった。
とにかく受け身で、運命だけを信じるというやり方は、運命の相手に焦がれる乙女として、行きすぎたものだった。
それでも周囲はそのうち諦めるだろう、時間が経てば忘れてしまうだろうと楽観的に捉えていた。
グウィネスは社交界デビューを果たし、婚約の打診もいくつか舞い込んで来るようになったが、それには全く応じず、18歳になった。
グウィネスの祖母は、「再会できるとは言ったけれど、必ずしもその相手と結ばれるとは限らないのよ」という補足をすることが叶わないままこの世を去った。
友人の令嬢の多くは既に婚約者を持ち、婚約者のいない友人は夜会にも足しげく顔を出していたが、グウィネスは引きこもった。
両親は過度に運命を信じ込む頑迷な娘への心配を通り越して、諦念の境地になっていた。
「ご心配には及びませんわ、私は運命の方とちゃんと結ばれますから」
何を言っても通じない、どんな説得も歯が立たない虚しさから口をつぐんだ。
これではいつまでも嫁に出せず、いずれは修道院へやるしかないと思うようになっていた。
そんなおり、アンソニーが帰郷したという知らせがもたらされた。
だが、彼は婚約者を伴っていた。
「う、嘘よ、そんなの嘘·····」
真っ青な相貌でグウィネスはワナワナと震えた。
「お前は本当に馬鹿だなあ···」
年頃なのは自分だけでなく、アンソニーもなのだから、そんなことはちょっと考えれば予想できたことだ。グウィネスは2つ年上の兄ジェイクにまで呆れられてしまった。
「今度の王宮での夜会に参加すれば会えるだろうな。ちゃんと祝福してやれよ」
アンソニーは兄の同年代の友人の一人だった。以前兄が取り持ってやると言ったのを、「余計なことはしないで」とグウィネスは何度も突っぱねていた。
彼の婚約が信じられなかったグウィネスは、三年ぶりに夜会に参加した。エスコートは兄に頼んだ。
「グウィネスだよね? 久しぶりだね」
兄と共に挨拶と婚約への祝いの言葉を伝えると、アンソニーは気さくな笑みを向けて来た。グウィネスをときめかせていた爽やかな立ち居振る舞いは相変わらずだった。
「はい、お懐かしゅうございます」
彼の婚約者は才色兼備と評判の伯爵令嬢で、何度でも目で追い、つい見惚れてしまうほどの美姫だった。眉目秀麗な青年となったアンソニーとはとてもお似合いだった。
彼の隣で艶やかに微笑むその女性を目にした時、グウィネスは突然目が覚めた。
グウィネスは自分の愚かさを恥じた。自分でチャンスを潰し、自分で台無しにしたことを悟った。
実験の結果としては最悪のものだった。
何もしなくても結ばれる筈だなんて、なんという子どもじみた盲信だったのかを痛烈に思い知った。
「じゃあまた」
兄と共に彼らの傍から離れた。
「お前、よく耐えたな」
ジェイクはグウィネスの淡い金髪の頭を軽く小突くと、「まあ、失恋の痛みは飲んで忘れろ」とシャンパンを手渡した。
「私が···馬鹿でした」
グウィネスはエメラルドグリーンの瞳を曇らせた。
「おお、やっとわかったか? ハハハ」
兄に笑い飛ばされて、若干気が楽になった。
「お前はまだこれからだよ」
「······そうだと良いのですが」
グウィネスは、他の男性に恋をする自分が想像できずにいた。
アンソニーは結婚を機にこの国に腰を落ち着けるようだ。兄も3ヶ月後の結婚式に招待された。
婚約してから結婚までがやや早いように思えたが、両家の事情があるのだろう。
心ない者が婚約者が妊娠しているからではないかなどと勝手な憶測による噂をばらまいていた。
傷心のグウィネスにとって、傷口に塩を擦り付けられるようような思いがした。
結婚が来月に迫った頃、結婚は取り止めになった。元婚約者は故郷へ既に帰国したという。
アンソニーは実は当て馬役を請け負っていた。
煮え切らない彼女の意中の人を、自分に求婚させるための偽装婚約だった。
婚約してもまだ彼は動かず、結婚の招待状を送ってようやく決心して求婚したのだとか。
両片思いの友人のために、アンソニーが一肌脱いだことで、めでたく二人は結ばれた。
ことの真相を兄が仕入れて来て、グウィネスに伝えた。
「ああ、それから今度、アンソニーがうちへ来るみたいだぞ」
「ええ?!」
「今度こそ、ちゃんとやれよ」
「······ど、どうすれば」
「誘われたら断るな、素直に従って逃げるなよ」
「うう···」
グウィネスは狼狽えた。
「お前は今まで散々あり得ない態度を取って来たんだからな、それに比べたら大したことじゃないぞ」
「う···あ、はい」
グウィネスはその日のために美容に気合いを入れ、最善のコンディションで臨めるように可能な限り努力した。
二週間後にアンソニーがやって来た。
玄関でアンソニーの顔を見るなり、グウィネスは素早く花束を差し出してアンソニーに跪いて求婚した。
屋敷の誰も彼もが驚愕したのは言うまでもない。
ぶっ飛んだ妹の行動に、呆れすぎてジェイクは爆笑した。
なぜ自分の妹がここまで普通の手順を踏めないのか謎だが、結果良ければすべて良し、晴れてグウィネスの想いは叶ったわけだから、これはこれで良いということにした。
グウィネスは、運命だからとかはもう一切言うことはなかった。
(了)




