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アーモンドの花咲く丘

娘が生まれ7歳になり、神殿の神聖力判定の儀式で稀代の聖女、大聖女になるかもしれないと予言を受けた。

それを聞きつけたのか、神殿と繋がりのある大貴族が娘を引き取りにきた。しかるべき教育と保護が必要と説得され、娘と引き離されてしまった。

聖女信仰の根強いこの国では、聖女を輩出した家門には絶大な富と権力を得ることができるからだ。

しがない大工の娘よりも、名門侯爵家の娘(養女)として世に出す方が何かと都合が良いのだろう。

そうやって聖女は否応なしに神殿のもの、国のものとされてしまう。

私の愛娘ベルナデッドもそうなってしまった。


ベルナデッドは、物心がつかないうちから不思議な力を持ち、植物や作物の育ちを良くしたり、壊れたものを復元し、再生する力があった。怪我や病すら治してしまう、まさに奇跡の子どもだった。

家族はそれでも普通の娘として幸せになることを願っていたので、彼女の能力を隠そうしたが、彼女の力は溢れ出るばかりで隠し通せるようなものではなかった。


ベルナデッドがまだ5歳だった時、心配する家族達にこう言った。


『わたしは、この身を国に捧げるために生まれて来ました。7歳になったら神殿へ連れて行って下さい。そしてわたしを引き取りに来た貴族に預けて下さい。心配はいりません。どうか悲しまないで』


大人のような口調と態度でそう言ったベルナデッドに驚きつつも従うしかなかった。


「戻って来たかったら、いつでもここに帰っておいで」

「いいえ、これが今生のお別れです。どうか皆様お元気で」


7歳とは思えない大人びた様子で、ベルナデッドはこれまでの感謝を述べて私達の元から去って行った。



それから10年が過ぎ、聖女ベルナデッドの評判は風の噂で私達家族にも届いた。

次々に奇跡を起こし、国は栄えた。聖女を生んだ家族を聖家族と呼び崇めるようになったが、それは私達家族ではなくて、ベルナデッドを引き取った貴族のことだ。


「俺達家族は存在しないも同然だな」

夫や息子は不満を漏らしたが、私は聖母などと呼ばれるのは勘弁して欲しいので、それで構わなかった。


ベルナデッドが成人してしばらくすると、神殿と意見が合わなくなり、度々揉めたり反発するようになった。

神殿も親である貴族も、我欲まみれだからだったのだろう。

真に神聖なのは私達の娘だけなのだ。


『聖女は操り人形ではない』と言って衝突しているという噂が聞こえて来た。私は娘の行く末を案じていた。


それから更に数年が経ち、娘と神殿は対立しベルナデッドを擁護、理解する神官らと共に神殿の管理下から出て独自の活動をするようになった。


ひっそりと暮らしていた私達家族の元へベルナデッドから手紙が届いた。

「私は神殿から追われる身となりました。いずれ私は捕らえられ処刑されることでしょう。産みの親としてご迷惑になるといけませんので、どうか今のうちにお逃げ下さいませ」

夫と長男は町に残り、私は次男と共に町を出た。国境近くの小さな村に身を寄せていたが、この村までベルナデッドの人相描きが貼り出されていた。人相描きを通して大人になった娘の姿をはじめて見た。黒目黒髪は、私達家族の印だ。

ほどなくして、ベルナデッドが捕まったという噂が流れて来た。じきに処刑もされるだろうと。

「母さん、国を出よう」

「ああ、なんということなのでしょう」

ベルナデッドが子どもの頃に言った通り、今生の別れが間も無くやって来てしまうのかと、うちひしがれながらも息子と逃亡しなければならなくなった。


私のいた町には、既に追っ手が来ていた。私と次男は流行り病で既に死んでいるということにしていたが、金を握らされた近所の者が密告したのだ。


残して来た夫と長男が心配だったが、夫もベルナデッドほどではないが、魔法が使えた。

夫は元宮廷魔導師で、嫡男である兄が亡くなったため退職し家業である大工を継いだ。身を隠し逃げるのはお手の物だろう。

そして私と逃亡中の次男もまた、魔力があった。

私達は魔法で姿を変えながら、隣国の王都まで来た。

そこで、ベルナデッドという聖女が魔女扱いで処刑されたのを知った。

愛娘を喪った悲しみと逃亡生活での疲れを癒しながら、辺境のアーモンドの林のある村までたどり着いた。


二年後、アーモンドの薄桃色の花が咲く頃に、夫と長男はこの村で合流した。そこにはベルというベルナデッドにそっくりの娘も一緒だった。

処刑されたとされるベルナデッドは替え玉だったのだ。


「これでやっと家族が全員揃ったな」

「本当に」

「聖家族とは俺達のことさ!」

「そうとも!」

ふふっとベルが笑った。

「さあベル、たくさんお食べ」

合流後はじめての晩餐だ。

燭台を灯し祈りを捧げた後、窯焼きパンと葡萄酒で乾杯がはじまった。

「いただきます」


アーモンドの花咲く丘で落ち合おう、それが私達の約束だった。


アーモンドの実を砕き、ヨーグルトとレモンに蜂蜜とハーブを混ぜ合わせたソースをかけたサラダを取り分けてベルに渡した。

「···懐かしい味!」

ベルが子どもの頃に大好きだった一品に舌鼓を打つのを、私は見守った。

「お帰りなさい、ベル」

「ただいま戻りました」


その後聖女を喪った国は衰退した。



(了)

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