復讐なんて致しません
無実の罪を着せられて断罪され、公衆の面前で婚約破棄されるという、ご令嬢達に相変わらず人気の物語の冒頭場面。
フロール侯爵令嬢は自分の身に実際にそれが起きるとは思っていなかった。
品行方正で無実の侯爵令嬢を陥れるなんて、真正の馬鹿しかやらないからだ。
しかもフロールの叔母は王妹なのだから、王族を敵にまわしたも同然なのだ。
元婚約者のエヴァンは見目も頭脳も凡庸で、家柄だけが取り柄の侯爵家の次男だった。婚約破棄をしてまで添い遂げようとしているのは、最近羽振りの良い新興の子爵家令嬢メリダ嬢だ。
「フロール、君は彼らに復讐したくはないかい?」
「いいえ、叔父様、復讐はしないでおこうと思います」
「悔しくないのか?」
「好きでもない婚約者が他の女性に盗られたところで、どうってことはありませんわ。冤罪を晴らすことができれば私はそれで十分です」
「それは私に任せておけ、すぐに冤罪など漱いで見せるから」
「ありがとうございます」
フロールは鬼宰相と呼ばれる叔父に一任した。
3日後には真犯人を見つけ、フロールの冤罪は漱がれた。
(叔父様、早すぎですわ···)
偽証した者達も処罰を受けて、フロールへ謝罪した。
自作自演をしたメリダ嬢は最後まで自分の罪を認めなかったが、自白剤を飲まされてすべて白状したようだ。
(自白剤なんて、怖すぎですわ···)
「私に復讐するつもりなのね!」
メリダ嬢は謝罪するよりも、激昂してフロールに向かって叫んだ。
メリダ嬢のせいで子爵家にも捜査の手が入り、横領と不正取引が発覚、伯爵位まで得ようとしていた子爵の野望はこれで潰えた。
「復讐なんてしておりませんわ。わざわざ冤罪なんて作らなくても、エヴァン様と結婚したいなら、いつでも婚約破棄は致しましたのに」
「嘘よ! だってエヴァン様は···」
明るい金髪に、緑と青のオッドアイが印象的なメリダの風貌はネコ科の動物を思わせた。
調書によると、冤罪はメリダ一人で計画したもので、エヴァンは絡んでいなかった。はじめは婚約破棄するほどエヴァンはフロールを嫌ってはいなかったのだが、メリダの話を一方的に信じ、正義感に燃えてフロールを断罪するに至ったらしい。
メリダの見目が悪くなかったことも、度々相談を受けるうちに絆されてしまい、判断力を鈍らせたようだ。
公衆の面前ではない形で断罪や婚約破棄を申し出ていさえいたら、ここまで大事にならなくて済んだのに、そこまでの知恵が二人とも働かなかったこと自体が、二人の公開処刑のようなものだった。
ただ単に自分達の愚かさを自分で晒しただけなのだ。
正攻法で婚約破棄を依頼なり要求すれば済んだものを、余計な小細工をするから、悪手となり自滅を招くのだ。
それがわかっていたからこそ、フロールは復讐はしなかった。
彼らには自滅の道しか残っていないからだ。
誠実に謝罪をしても婚約破棄は覆らず、エヴァンは田舎の領地へ飛ばされた。
若くて美しい娘ならば誰でも良いという隣国の豪商に、メリダは売られるように嫁いだ。
「それはそれで適材適所、めでたしめでたしではないか?」
「叔父様、それは辛辣過ぎますわ」
たとえ破滅の道でも、二人で連れ添わないなんて、何がしたかったのかしら?
二人で田舎の領地で結婚する道を選ばないなんて、本当にどうかしているわ。
それほどの覚悟もなかったということよね。
政略結婚の婚約破棄なんて、それほど珍しいことではない。別れた二人がそれぞれに幸せになるならそれで良かったのに。
私は私で幸せになってみせますわ。せっかく婚約破棄をしたのですから。
(了)