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ベールの下の素顔

ラシーヌ王国は蛇神と人が交わって生まれた王が治めるようになったという、真偽不明の伝説がある。


そんな王国の16歳になる王太子の花嫁選びがはじまった。十二人の候補の令嬢が王宮に集められ選考会が開かれた。

令嬢達は幕が机の高さまで張られた席に横並びに一列に座らされ待った。

目隠しをされ、机の上に両手を差し出すように指示があり、皆一斉に手を乗せた。

少しして幕の向こうから衣擦れの音が聞こえて来ると、きゃっ、ヒッという悲鳴が上がりはじめた

衣擦れの音が段々自分の方に近づいて来ると伯爵令嬢シモーヌは身体を緊張で強ばらせた。

不意に自分の手をひんやりと冷たく滑らかなものが触れたかと思えば、逆にざらついた何かになでられた感触に悲鳴こそは上げなかったが、驚きから手を反射的に引っ込めてしまった。

「······」

ざらついた何かは、一瞬躊躇いを見せた後に幕の向こうに静かに消えた気配がした。

そして衣擦れの音と共に遠ざかっていった。


シモーヌは花嫁の最終候補からは漏れ、二人の公爵令嬢と、侯爵令嬢の一人の計三名が選出された。半年後にこの中から婚約者が決定する。

選考会といっても、これはある種の出来レースだったのだ。

最終候補に残った三名はどのような選考会になるのかをあらかじめ知っていた。

怯えたり悲鳴を上げたりしないように訓練していたのだ。ある令嬢は爬虫類の生き物をいくつか自邸で飼い、この日のために何年も前から慣らして準備してきたらしい。


シモーヌはこのような内容の選考会をするとは全く聞かされておらず、王太子殿下が爬虫類に、特に蛇に似た身体を一部分持っているという情報も誰にも教わっていなかった。

最終候補から外れた他の令嬢達も恐らくシモーヌと同じく、何も知らされてはいなかったのだろう。


自邸に戻り結果を報告すると、両親からは厳しく叱責された。父からは「この恥さらしが!」と罵倒されシモーヌは生まれて初めて平手打ちを食らった。

「選考会で手を引っ込めるなど何事か!それは最早不敬に当たるのだぞ、わかっているか!」

知らなかったからでは済まないのだ。両親に対して申し訳ないというよりも、自分のあの反応が殿下を深く傷つけてしまったであろうことに思い至り、血の気が引いて行くようだった。

「本当に申し訳ございません······」



翌日伯爵はシモーヌを連れて王城へ詫びを入れるために登城した。愚娘を生涯王宮で下女としてこき使っていただきたいと願い出て、伯爵家へ咎が及ばないように手を打った。

シモーヌは家に戻ることは許されず、そのまま伯爵家から除籍され、親子の縁を切られた。


平民となったにも関わらず、シモーヌは離宮で王女付きの侍女として登用された。

王女殿下はまだ5歳、顔や身体の大部分が蛇のような肌をしていた。先祖の特徴を多く引き継いだ王族は、生まれてから成人するまでこのような特徴を持ち、年齢と共にその特徴は薄らいで消えてゆくらしかった。幼少である王女はまだその途上にいた。

生母にすらその姿を疎まれ、乳母や侍女達からも気味悪がられて、王女にしてはあまりにも少ない従者や侍女数で離宮暮らしを余儀なくされていた。

その王女の世話係がシモーヌの仕事だった。

シモーヌは王太子殿下の尊顔すら知らなかった。成人するまで非公開だからだ。それまで後二年はベールを被り秘匿される。家族や側近の一部の者しか素顔を知るものはおらず、婚約者や花嫁候補に対してもそうだった。


「シモーヌと申します、どうぞよろしくお願いいたします」

「ご本を読んで」

「かしこまりました」

絵本を読み聞かせていると、シモーヌのお仕着せの端を小さな手が掴んだ。

「どうされましたか?」

「お膝に···座ってもいい?」

「もちろんです」

「···ほんとに?」

「はい」

乳母や侍女達は王女殿下にここまで近寄らずに来たのか、王女殿下は人肌のぬくもり、スキンシップに飢えているようだった。

失礼にならないように気をつけながら、そっと手や身体に触れると嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「手をずっとつないでいてね」「なでなでして」「抱っこして」と、すぐに色々おねだりされるようになり、愛情を込めて王女殿下の要望に応えた。

もちろん王女殿下のためだったが、王太子殿下への非礼への罪悪感もあった。自分のしてしまったあの日の反応に心が痛んだ。

王女殿下の皮膚はさらりと滑らかで、逆撫でするとざらりとした、覚えのある感触がした。それにもすぐに慣れていった。


「王女殿下はあなたにベッタリね」


他の侍女はこれまで以上に手を抜くようになり、乳母も辞職を願い出て人員も更に減らされてしまった。

一人あたりの負担は増したが、それでもシモーヌが離宮にやって来たばかりの頃と比べると、王女殿下を心から慮る者達だけが残ったことで、王女殿下にとってこの住まいが少しは暖かい場所になったようだ。



半年後、爬虫類を自邸で飼ってまで備えたという公爵令嬢が王太子殿下の婚約者に決定した。勝ち気そうな美しい令嬢だった。


婚約が正式に結ばれると、公爵令嬢が王女殿下の元に挨拶にやって来た。


殿下はベールを被り、お茶を飲みながら歓談している途中に王太子殿下までやって来た。

慌ててシモーヌが臣下の礼を取ると、婚約者が思い出したように声を上げた。

「まあ、あなた確か選考会で手を引っ込めた令嬢ではなくて?」

「···左様でございます。その節は、大変ご無礼を致しまして誠に申し訳ございませんでした」

「せんこうかい?」

王女殿下が首をかしげた。

「ええ、兄君の花嫁を選ぶ会ですわ」

「私、お姉さまは、シモーヌがいい!」

王女殿下がそう言うと公爵令嬢の顔は引きつった。

「姫様、私は下がっておりますので、皆様とお楽しみくださいませ」

「ええ~、シモーヌが一緒じゃなきゃいやだぁ」

「ふっ、お前はずいぶんシモーヌに懐いているんだな」

「はい、夜もシモーヌと一緒に寝ています。そうだ、今度お兄さまも3人で一緒に寝ましょ」

無邪気な姫君の発言に気まづい空気が流れた。

「今おかわりをお持ちいたします」

シモーヌはその場を去った。公爵令嬢が放つもの凄い嫉妬の視線から逃れるためだった。



二年が経つと、王太子が成人の儀を迎えベールを脱ぐ時が来た。

公開された王太子の尊顔に、衆目はどよめいた。王妃に似た美形ではあるものの、顔半分が蛇か蜥蜴のように見える青緑の肌をしていたからだ。そして髪は白く目は血のように赤かった。

それを見た婚約者である公爵令嬢は、思わず顔をしかめた。

そして王太子は、衣服に隠れた身体にもまだこのような青緑の肌があることを婚約者にだけ打ち明けた。


「話しが違いますわ。手だけが爬虫類だと伺っておりました。これは将来的に消えるのですよね?」

「基本的にはそうだ。でも私は他の王族よりも先祖の血が濃いのか、この通りなんだ。この先必ず消えるとは言いきれない」

父王は結婚する頃には、顔にも全身もほぼ消えていたため、王太子もそうなる筈だと婚約者には伝えていた。


それから数年経っても王太子の顔から青緑の肌が消えないのを見ると、婚約者は結婚を辞退した。表向きは病気療養のためということになっている。


実はこれは王太子の擬態であり、二年前にすべての青緑の肌は消えていた。この擬態した姿でも動じない者、この姿でも愛情を向けてくれる者を妃にしようとしたのだった。


擬態は自在に操れるため、妃選びの最後の踏み絵のようなものなのだ。

これは公爵家をはじめとする高位の貴族にも秘密とされている。


それから二年後、王女は14歳となった。王女に10年近く仕えた侍女が王太子と結婚することになった。


あの選考会の日、実はシモーヌに王太子は一目惚れしていた。王太子からの度重なる熱烈な求婚に、ようやくシモーヌが応じたからだ。

シモーヌは幼体の王女の姿に怯えることなく、厭わずに愛情を注いで仕えた実績も買われ家臣団からも信頼を寄せられるようになっていた。宰相である侯爵家が彼女の後見人となった。


結婚祝賀のパレードの馬車から手をふる王太子の相貌には、微塵も青緑の蛇のような肌は見当たらなかったという。



(了)

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