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恋するヴァンパイアは、生き方を変えてみた

エリコが彼に出会ったのは、彼がマエルという名の司祭だった時だ。

エリコは結婚していてサラという幼い娘がいたが、サラは原因不明の奇病を患い、彼女は人の血を欲した。

夫とエリコの血では足りなくなり、サラは徘徊しながら使用人や家畜、村人を襲うようになって行った。

夫とエリコは戦いて、悪魔祓いができるという評判のマエル司祭に助けを求めた。


聖水を浴びるとサラは呻き声を上げ、人間とは思えない醜悪な異形のなりを見せた。

司祭が銀の弾を込めた銃を向けると、恐怖に怯える幼いサラに一瞬だけ戻った。

「よろしいですか?」

マエル司祭はサラを本当に撃っていいかという承諾を得るために、夫とエリコの方に相貌を向けた。

三十手前の眉目秀麗な司祭の神妙な横顔にこの時エリコは激しくときめいてしまった。

悪魔退治として自分の娘を今にも撃とうとしている美しい男性にすっかり心を奪われて、もう娘のことなど眼中になかった。

「お、お願いいたします···」

夫は絞り出すようにやっとの思いで返事をした。エリコも頷いて、司祭の銃を握る手元をうっとりと見つめた。


放たれた弾は見事に命中し、サラを奇病から救った。

サラはこれまでのことは全く覚えておらず、サラに襲われた人達も死者はおらず、皆記憶を失っていた。

徐々に元の村の生活に自然に戻っていったが、ただ一人元に戻ることがなかったのは、サラの母であるエリコだった。エリコは人の血を求める病に蝕まれていた。


夫と娘を捨て去って、愛しいマエル司祭の後を追うように村を出ていくと、二度と村には戻ることはなかった。



血への激しい飢えや渇きが、マエルへの恋心をより増幅させているのではないか、それぐらいエリコはマエルを渇望した。


だが、エクソシストとヴァンパイアが愛し合うことはまずないのだ。


血の誘惑に抗うことはできず、人を襲うことをやめられなかった。それでも一人も殺しはしなかった。

エリコは血の晩餐に明け暮れた。


それから数年経ち、マエルに襲いかかる衝動をコントロールできるようになると、偶然を装い彼に近寄ると声をかけた。

彼は鋭敏な感覚から、エリコの正体を見抜いて、勢いよく後退りをした。


エリコはその反応に深く傷ついていた。


司祭でもある彼は、ニンニクや十字架がそれほど役に立たないことを既に知っていたが、それでも一瞬の隙を作り、ヴァンパイアから逃げる時間稼ぎには有効なのだ。


十字架を向けられるなんて、予想はしたけれど、それって結構傷つくのよね···。

エリコの動きを止めるにはそれで十分だった。


マエルは銀の弾を込めた銃を取り出そうとしたので、仕方なくエリコはその場から逃げることにした。人間とは思えない速さで愛しのマエルの前から姿を消した。


ひどい、ひどいわ! 私はあなたの血は絶対に吸ったりしないのに。


それからエリコは、変装しては彼に近寄ることを何度か繰り返したが、いつもマエルに見破られてしまった。

ヴァンパイアとしてマエルに追われる側になれたのはとても嬉しい。それにこれ以上の興奮は味わえないわ。

だって彼に殺されてしまうかもしれないスリル以上のものなんて他に無いから。


逃げ足の早いエリコは生き延びた。


ヴァンパイアになったエリコは歳を取らず若いままだったが、マエルは老い初め、もう以前のようにエリコを追うことができなくなった。


そんなある日、弱った心臓が発作を起こして苦しんでいるマエルにエリコは詰めよった。

「今ならあなたを助けてあげられるわ、どうか私の仲間になってちょうだい」

マエルは懐から銃を取り出すと、震える手でマエル自身の頭を撃ち抜いた。


「マエル!!」

彼はエリコを拒絶したのだ。彼にとって自分は悪魔、モンスターでしかないのだとエリコは心底思い知った。


わ、私、ヴァンパイアをやめるわ!


血の涙を流しながらエリコは誓った。


人の血を飲まなくても生きれるようにならなくては。

金輪際血は吸わないことにしたエリコは凄絶な苦しみを耐えた。


身体の血が逆流し、四肢がちぎれそうな痛みに苛まれた。死んだ方がマシではないかという苦しみにエリコは耐えながら、かつての夫や娘との暮らしを思い出して慟哭した。


自分の過ちに今更ながら気がついて、地獄の業火のような苦しみを耐えることがエリコにできる僅かな償いであるかのように思えた。


いつしかエリコは意識を失い、長い長い時が過ぎ去っていった。

数百年が過ぎた頃、洞窟の氷室の中で凍結していた状態で目が覚めた。

閉じ込められていた氷から脱け出し、身体にへばりついた氷の残骸を振り払って、外へ向かった。

多分自分は太陽の光はまだ克服できてはいない。明るい外へ出れば、光に焼かれて消滅してしまうだろう。


それももう怖くはないわ。彼のいない世界になんていたくないのよ。


マエル、私の愛しい人。


狂おしいまでの······、ん?


んん!?


······そうね、さすがにそこまでの熱量はどうやらどこかに消えてしまったみたい。


もう血も欲しくは全くない。私、ヴァンパイアは卒業できたのかしら?


元ヴァンパイア、やめヴァンパイアよね、私。


洞窟の出口に近寄ると、朝日が差し込んで来た。

エリコは外に出て両手を広げて思い切り深呼吸をし、日に自分の身体を曝した。


「さようなら」

エリコは万感の思いを込めて呟いた。


「出会ったばかりで、さよならを言われたのははじめてだな」

見覚えのある若い男性が登山をする服装で立っていた。

「君、そんな薄着で大丈夫?」

「ええ···、多分」

私、消えてはいないみたい。身体もなんともないわ。

これは正真正銘ヴァンパイアではなくなったということよね?

「君、なんて名前?」

「エリコ。あなたは?」

聞かなくてもとっくにわかっていたけれど、その名を彼自身の口から聞きたかった。

「僕はマエル、よろしく」

握手しようと差し出した彼の手を、エリコは頬を上気させて握りしめた。



(了)

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