ストレス·リッチマン
もうダメだ、ストレスが凄すぎて耐えられない···。
そんなストレスフル、ストレスがMAXの時は、『ストレス·リッチ』というワードに変換してみるんだ!
ストレス·リッ~チ!!!
さあ、ご一緒にぃ!!
***
散々職場で部下を罵倒し、悪態をつきまくりストレス発散した筈なのに、家に帰ってからこんなにも酒浸りになるのはなぜなんだ?
いくら酩酊してもストレスから解放される気が全くしない。
俺のストレスコントロール力がぶっ壊れているのか?
苛立ちや怒りのコントロールがきかず、瞬間湯沸かし器のように、口も手も出てしまう。
最早パワハラで訴えられるのも秒読み、明日にも聞き取り調査を受けてしまうかもしれない。
健康診断では肝臓がボロボロ、顔色は土色、目は常に充血して、このまま放置すればかなりヤバい。
といっている間に、血を吐いて倒れて救急車で運ばれ、今俺は集中治療室にいるが危篤の状態。
そんな自分を自分自身が天井近くの空間で漂うように上から眺めている。
俺はこのまま死んでしまうのか?
親父や妻が駆けつけて、俺の名を呼んでいる。息子と娘はまだ学校なのだろう。
フッと暗転して、暗闇の中に自分がいた。しばらくすると四年前に亡くなったオカンの姿がぼんやりと見えて来た。
俺を迎えに来てくれたのか?
「お前は死ぬのではなくて、このまま転生するのです」
姿は母のものだったが、声はまるで別人のようだ。言葉づかいは丁寧だけどなんだか圧が強い。
「転生?」
正直俺は、とにかくゆっくり休みたい。だって死んだんだろ?
身体が軽いというよりも身体そのものを感じることができない。
「社会への奉仕が使命です」
「······奉仕?」
「ストレス·リッチマンとして働くのです」
「は?! な、なんだよそれ?」
「人々のストレスの軽減に尽力するのです」
「······」
もしかしてこれは悪夢なのか? 目が覚めたら今までいたところに戻るっていうやつか?
「さあ、もう行きなさい」
えええ?何も詳細を教えてもらっていないのに?
「行けばわかります」
パアッと強い白い光に覆われて、気がつくと何かの撮影現場に俺は立っていた。
「スタート!」
いきなり収録がはじまったが、驚いたことに俺は特撮ヒーローのコスプレみたいな衣装を身につけていて、知らない筈の台詞が口をついた。そして流れるように身体も自然に動いていた。
「カット!!」
という声がかかるまで一心不乱に演じた。
演じる? 何を?!
ストレスマネジメントのキャンペーン用に考案されたストレス·リッチマンというキャラクターの撮影だったようだ。
何本も既にシリーズ化されているようで、この日連続して3パターンを撮影した。
「お疲れ様でした!」
俺のマネージャーなのか、えらい別嬪さんがおしぼりと飲み物を運んできた。
専用の楽屋まで用意されていて、どうやら俳優業をしているようだ。
日本語を話し、日本人のスタッフで運営しているようだが、元いた世界ではなかった。
新聞や雑誌の暦の表記が全く俺の知らないものになっていた。
······ここは、パラレルワールドなのか?
マネージャーに自宅に送ってもらい、元いた世界よりも立派な庭付きの一戸建ての玄関を開けると「お帰りなさい」と見覚えのある家族が別の名前でそこにいた。
親父に妻、息子と娘が、そして母はやはりいなかった。
日々他人にストレスばかりを与えてきたこの俺が、ストレスマネジメントのキャラクターを演じるとはあまりにも皮肉過ぎるな。
でも、見たことのない銘柄のビールは疲れが吹き飛ぶほど旨かった。
それにしても、リッチなストレスってなんなんだ?
この世界の感覚がまだわからない。
その後20年もストレス·リッチマンを演じることになるのを俺はまだ知らない。
(了)