モッソの旅
僕は一応ハリネズミ、背中は茶色いウール調の素材を固めて作った、なんちゃってな針で覆われているけど白いお腹の中は今は空っぽ。音楽CDが12枚収納できる仕様になっている。
僕は中国という国の工場で作られて、日本という国のごちゃごちゃした雑貨店で売られていた。これだけでも旅のようなものだ。
雑貨店の入り口付近に山積みにされていた僕らの中から、一目で僕を「可愛いね」って気に入って買ってくれたご主人様はアラフォー夫妻。
通勤から買い物、週末のドライブにといつも車の中で一緒だった。ご主人の気分で、僕がお腹に内臓する音楽は時々替わった。
この人は50年に一人の逸材よという、ご主人の奥さん激推しの男性アーティストだけは不動だった。
「この子、なんて名前にする?」
「モッソなんてどう?」
「いいね」
ということで、僕はモッソと呼ばれるようになった。
何年後かに時流が音楽CD主流ではなくなり、配信、ダウンロードが中心となっても、ご主人様達は相変わらず僕を連れまわしてくれた。
十年が過ぎて、色褪せて来たけどまだ現役だった。でもご主人が転勤になって引っ越し用の荷物に紛れ込んでしまった。
アウトドア用の大きなブランケットを畳んだ時に、同じ色の僕の身体が巻き込まれたのに気がつかなかったんだ。
ご主人様は少々整理整頓が苦手、大雑把で粗忽なところがあるからね。
自分の趣味の物を手早くザーッと箱に詰めてそのままの状態で新居の納戸の奥に放置されてしまった。
引っ越し後、ご主人様は僕の姿が見当たらないので焦ったみたいだけど、アウトドア用のブランケットを使うこともなくなり、僕を探しあてることができずに何年かが過ぎた。
ご主人様の親と同居することが決まり、また引っ越すことになった。
ライフスタイルも変ったこともあり、この際不要な荷物は大々的に処分してなるべく身軽にしようってなったらしくて、忘れ去られていた納戸の箱がようやく開帳されることになった。
「このブランケット、まだ使えるよな?」
「どれ? うん、それは使い道はあるから捨てないで」
「だよな」
ご主人様がブランケットを箱から取り出して広げると、僕がころんと転がり出て、ご主人は絶叫した。
「あああ~!!! あった!こんなところに入ってたのか!」
「えっ?何?」
「「モッソ!!」」
ご主人夫妻の息はぴったりだった。
子どものいない夫婦にとって、僕は何年ぶりかに見る我が子のようなものなのか、二人はとても感激していた。
僕のお腹のファスナーを開けると懐かしいCDが出て来たので、ご主人達は更に感激し合った。
こうやって僕は現役復帰した。
僕は経年劣化したけれど、それはご主人様達も同じかな。箱に詰められた頃よりも歳を取っていたから。
引っ越しの当日、懐かしい音楽と共に新居へ向かった。奥さんの推しはまだ健在だった。
また僕はご主人様の車に乗って一緒に旅をしている。
今度の週末はどこへ行くのかな、とても楽しみだ。
(了)