雷電
神々は今日も下界を眺めながら碁を打っていた。一柱は雷電、もう一柱は時の神だ。
「雷さんのとこのアレはどうだい?」
「···ああ、アレはどうもいかんな」
「そうかい」
時の神は眼下に見える一人の人間を一瞥した。打つ手を止めて嘆息を漏らす雷電に提案した。
「あの者に永遠の命を与えてみたらどうだい?」
「お前、何を言い出すのか」
「永遠に老けない、歳を取らぬ体を与えたらアレはどうなるか見たくはないか?」
神々の手に余る人間に対して、二人は協議していた。
ひとつの惑星を滅ぼしかねないその人間は、転生の許可を吟味する場で調子のいいことを言って神頼みばかりをしてくるが、転生してしまえばこっちのものだと言わんばかりの無反省の傍若無人ぶりだ。
それも初期の頃は神の目にも呆れつつも楽しく映り、目こぼしをしてきたが、度重なる転生を繰り返すうちに最早それも飽いた神達は、その者に次の段階へ向かわせる手だてを思案した。
人間は神を人間達に都合良く解釈するものだが、神の慈愛を履き違える者は際限なく堕ちてゆく。それでもそんな自分に神は最後まで見捨てない、最後には自分を救ってくれると信じて疑わない。
······そうじゃないんじゃがなあ。
神は溜め息を吐くばかり。
「じゃ、どうする、やってみるか?」
時の神は試行錯誤するのを好む。これまでも色々試してきた。
神だって人を試すのだ。
その度に失望し、闇墜ちしそうになるのを必死に耐えた。
そして人間に期待することを諦めた。
雷電の煮え切らないスタンスよりも、時の神は随分とさばさばしている。
「どんな効果があると思っているんだ?」
「フッ、まだそんなことを期待しているのか。アレに期待はせぬことだ」
「何!?」
雷電は短気を起こして碁盤を叩いた。放電しそうになる一歩手前だ。
「長い年月をアレは思考する時間にあてると思うか?」
「ぬうう······」
雷電はすぐに答えられなかった。
(アレはそういう奴じゃ)
雷電は眉間に皺を寄せて押し黙った。
「お前さんは、もっと気軽に試せ」
「······」
「そして悩むな。失敗してもお前のせいではない。アレのせいだからな」
時の神は、アレが生きることを飽き飽きするのか、生きるのが嫌になったりするのかを試したかった。
もうたくさんだ、もう嫌だ助けてくれ
と天を仰ぐ日は来るのだろうか?
ミラレパという者は悪逆の限りを尽くし、自分でこのままではいけないと気がついて改心して上がったが······。
アレが気がつく日は来るのか?
雷電は恐らく、アレが第二のミラレパになることを期待しているのだろう。
人は神の苦心を知らなさすぎる。
「そんなに迷うなら、じゃんけんで決めようか?」
「はあ?! じゃんけんだと!?」
「それぐらいの軽さで決めればいいのさ」
時の神は前に垂れた長い銀の神を耳にかけ直して、ニヤリと笑った。
じゃんけんに応じた雷電の負けで、アレはこの先歳を取らずに永遠の命を与えることになった。
特定の人間の魂レベルを上げるのは実に骨が折れることなのだ。
ここまで手がかからずに、自分の力で魂を上げる人間は、神からも相当有り難がられている。
それすら人は知らない。
(了)