カードに無いものは占えない
タロットカードをシャッフルして、クライアントの質問に対してスプレッドを広げてゆく。
タロット占い歴十年目の里美は、そこそこ人気のタロット占い師として口コミで評判になり客数も増えて来ている。
ただ最近の里美には悩ましいことが増えてしまった。
タロット占い師としてデビューしたこの2年間は、自分でも人の役に立てるならばと夢中でやって来た。
あなたのおかげで成功できましたとか、彼と上手く行きました、無事結婚できましたとかの喜びの報告とお礼を言われるのは、占い師冥利に尽きるもので、それはそれで嬉しいものだ。
里美は霊が見えるとか、未来が見える、守護神の声がきこえる見えるなどの霊視ができるような霊能力は無かったが、それなりに勘の良さはあり、カードの伝統的解釈よりも、引いた時にひらめいたことを伝える方が当たっていることも多い。
極少霊感というかなり中途半端ではあるけれど、それが占い師として他者とは違うほんの少しの強みかもしれない。
占い師を頼ってくる人の中には精神を病んでいる人もいれば、人格障害やサイコパスのような人達もいるのだ。
時々ブログを読ませてもらっているセラピストやカウンセラーの方達の、本音の吐露に激しく同意してしまうのだ。
最近の記事では、クライアントの大半はエナジーバンパイアだと書かれていて、思いあたり過ぎて爆笑したばかり。
自分が気に入るカード、自分が占い師から言って欲しい結果が出ないと途端に機嫌を悪くして、占い師の能力のせいにするとか、占い師の悪口をネットに書き込むなど、クレーマーのようなクライアント、全く話が通じない人、人格を疑ってしまうようなクライアントが残念ながら増えているのは事実だ。
素直で物わかりの良い、まっとうなクライアントばかりではないのは、どの業界でも同じかもしれない。
その人があまりにもまともじゃないからこそ、占いばかり頼る羽目になるのではないかとすら思ってしまうクライアントも実際にいる。
自分の頭では全く何も考えようとせず、受け身で周りや誰かが全部やってくれるのを期待して依存してばかりの人は、本当に厄介で関わると恐ろしい人が多い。
「タロットって怖そうだから、タロットではない優しいカードで占って下さい」
「占うのはタロットカード以外のカードにして下さい」
そのような要望をする人の方が、実は闇が深いとか、その人自身に問題ありの人の方が多いのだ。
ほぼ自分が原因で人間関係にしろ仕事が上手く言っていない人の方が、「お願い、私(僕ちん)にもっと優しくしてくだちゃい」的なことを要求するのよ。
それで何もかも自分の思い通りにならないとすぐ発狂、攻撃的になって暴走するのよね···。
里美は溜め息をつきながらメール鑑定の結果を曲者クライアント様に送信した。
人格的に問題のある人、面倒なクライアントほど、あの時ああ言ったとか、それは教えてくれなかっただの言い出して揉める、言いがかりをつけてくるので、対面式の占いは休止し、メール鑑定だけ受け付けるようにしたばかりだ。
メールなら証拠としてやり取りを残せるからだ。
それでも、超絶依存的なクライアントは、毎週のように鑑定依頼をしてきて辟易させられている。
これぐらい、人に聞かずに自分の頭で考えて決められないとかあり得ない、社会人としてこれじゃあ通用しないのでは?
失礼ではあるけれど、そう思わずにはいられない。
この人、いったい普段何を考えて生きているのだろうとは思うが、それでも客には違いないので誠心誠意は尽くして占わせていただいている。
すぐに鑑定結果への返信メールが届き、追加で占って欲しいという依頼が来た。
「はあ······」
······これ、無限ループじゃないよね?
返信の速さにゾッとした。
この人こそ「タロットは怖いので」の人なのだ。
いつも、「光の天使とかの優しい系のカードで占って下さいね♥️」というリクエストをする人だ。
言っておくけれど、カードには罪はない。
でも、カードには限界もあるのだ。完全完璧で万能なカードは存在しない。
なぜならば、カードに無いものは占えないからだ。
78枚、22枚、36枚、44枚などのカードデッキの中に、そのクライアントに必要なカードの内容やワードが含まれていなければ、永遠にそれを引き当てることはないのだから。
それはおみくじとか他の占術でも言えることだ。
それでもベテランは経験則とか、サイキックならば、それを補いカバーすることができるでしょうけれど、まだ未熟な占い師とか、そのカードデッキに無いものは占えないということを知らない人は、不毛な占いを繰り返すことになってしまうのだ。
下手をすれば、クライアントをミスリードしてしまう危険性も含んでいる。
それはプロとして、可能な限り避けないとならないものだと里美は思っている。
どんな占いでもその責任はついてまわるものだ。
占いを依存的に頼りにくる癖に、本当のことは知りたくない、耳の痛いことは極力聞きたがらないで避けまわる、そのような現実逃避的な困ったクライアントは、どこでも忌避されていることだろう。
「○○様、今回は思いきってタロットカードにしてみませんか? そのいつものカードに無いものは占えませんから。本当に必要な答えを知りたいならばトライしてみませんか」
里美がそう打診するとその曲者クライアント様からの返信は一切途絶えた。
(了)