その呪いは嘘でした
生まれながらの自分の顔を失ってしまった。
私は侯爵家に双子の片割れとして生まれたが、14歳で親から教会に預けられた時に呪いをかけられた。
魔法をどんなに駆使しても双子の妹と同じ顔にはなれない呪いだ。
妹と同じ顔をしてはいけない、それは物心ついた時にはそうなっていた。家を出るまでも魔法で顔を変えられて使用人のような扱いで過ごした。
呪いをかけた呪術師は死亡してしまい、この呪いを解呪できる者が他にいるのかわからない。
16歳になる頃、私は王宮の厨房で配膳係として雇われた。賄いが食べられ、寮で住み込みで働けるので助かった。
半年が過ぎ、王女殿下の誕生日の晩餐会で事件は起きた。
王太子殿下の食事に毒が盛られていたのだ。給仕と配膳係が集められ尋問を受けた。
その日私は厨房の手伝いに駆り出されて、配膳の仕事はしていなかった。日々の配膳もまだ新人の私は王族以外の方々を受け持っていた。
だが、尋問と捜査に加わった魔術師から私から呪を感じると言われ目をつけられた。偽名を使い顔を変える魔法を使用している私は間者だと疑われ捕らわれてしまった。
新人の私を庇う人は誰もいなかった。
取り調べは厳しく、どれだけ関与を否定しても信じてはもらえなかった。
どんなに脅され痛めつけられても、やっていないことを白状することはできない。
犯人扱いされた私は水責めに鞭で打たれ爪を剥がされるような拷問を受けた。
その都度気をすぐに失う私を「この者は訓練を受けていない」と判断され、自白剤を飲まされた。
自白するようなものはなかったが、自分の素性と呪いの訳を私は自分の意志とは関係なく話すように誘導された。自分なのに自分ではないような、尋問と拷問でボロボロに疲弊仕切っていた私は抗えなかった。
気を失っていたのか、目が覚めると寝台の上だった。
鏡を渡されると、私は自分の本来の顔に戻っていた。濃紺の髪と金色の瞳の自分の姿を見るのは何年ぶりだろうか。妹の姿ではなく自分自身の姿として実感するのに時間がかかった。
気を失っている間に王宮魔道師によって解呪されたらしかった。
焼けつくような痛み、無惨な傷は綺麗に治療回復されていた。
いっそ死んでしまいたいと感じていた苦しみと痛みはもうなかった。
「アデル·クローデル嬢」
尋問官から自分の本名を呼ばれてハッと振り向いた。
「双子の姉妹ということは顔を見ればわかった。だが、クローデル侯爵はあなたの存在を認めていない」
「···そうだと思いました」
「他に身柄の引き取り人は?」
「おりません」
容疑は一応晴れたが、真犯人が捕まるまでは牢から解放できないということだった。
それから3日後、アデルは服毒死した。何者かに毒杯を飲まされたようだった。
アデルがこと切れていた床には、血染めの文字で走り書きが残されていた。
『わたくしに冤罪を着せ貶め傷つけ、追い詰めた者みなを呪いたく存じます』
牢番と尋問官らから怪異を報告されるようになった。アデルの幽霊を目撃したとか、すすり泣く女の声が聞こえるなどが相次いだ。
そのうち精神を病む者、退職を申し出る者も現れて、アデルの呪いではないかと噂が広まっていった。
厨房の料理人や配膳係からも同様の報告が上がって来た頃に真犯人が捕まった。
毒を盛ったのは反王太子派の筆頭公爵でアデルに毒杯を渡したのは公爵の配下の者だった。
アデルの父の侯爵は王太子派だったため追及はされなかった。が、アデルにかけた呪い返しなのか、今度は妹の本来の顔が失われた。それはなぜか王宮魔道師ですらも解呪できず、なお一層アデルの呪いだという憶測がなされた。
公爵家は取り潰しとなり、クローデル侯爵家は呪われた家として家名を傷つけられることになった。
「これ程上手く行くとは思いませんでした」
「そうだな。ご苦労だった」
アデルは死んだふりをするように王太子と陛下から依頼を受けていた。呪うという走り書きも陛下の指示だった。
犯人を炙り出すために芝居を打ったのだ。自分に毒杯を渡して来たのが父であるクローデル侯爵ではなかったことが、アデルには唯一の救いだった。
「私、どなたも呪ってなどおりませんのに」
アデルはこの成り行きを驚き、困惑していた。
アデルは新しい名前と、冤罪でかけられた迷惑に対する謝罪として男爵位(一代限りの)と女一人が生涯暮らして行けるほどの慰謝料を与えられた。
王都を離れ、アデルの呪いの噂が廃れるのを待ちわびながら穏やかな生涯を送った。
『私は、どなたのことも呪ってはおりません』
それがアデルの遺言だった。
(了)